『ペアレント・ネーション』を読んで。
こちらは『ペアレント・ネーション』(ダナ・サスキンド 著、リディア・デンワース 著、掛札 逸美 )の感想文です。
https://www.akashi.co.jp/book/b618050.html
選書理由
実は私、ちょっとした知育沼の民で、長女を妊娠した頃から知育に強い興味を持っている。なかでも赤ちゃんの言語発達を促すことには殊更に関心があって、長女の妊娠中に、大学で開催されていた赤ちゃんの言語習得の講座にも顔を出していた(チョムスキー系譜の内容だった。当時はチョムスキーとスキナーの違いも知らないまま図々しく参加していた)。もちろん、有名なサリー・ウォード氏の『語りかけ育児』も愛読していた。そうして学んだ付け焼刃の知識をもとに、私たち夫婦は妊娠後期から張り切ってお腹にめちゃくちゃ話しかけたし、なんなら夫はお腹に向かって絵本も読んでいた(胎児は絵本を読見られないのに?と思われるかもしれないが、妊娠8か月あたりから聴力が育っておりこの頃から話しかけることは言語習得に良いと言われているのだ)。生まれてからは待ってましたとばかりに毎日絵本を読み、話しかけて歌を歌って、手遊び歌でリトミックまがいの遊びも沢山やった(手遊び歌や運動発達に関しては久保田競氏の知育本を参考にしていた)。
・・・そんなこんなで育った娘がどう育ったかは置いておいて、そんなこんな育児をしていたので、今を時めくダナ・サスキンド氏の『3000万語の格差』を読んだときはちょっと感動した。沢山話しかけて育てたのは無駄ではなかった(と思われる)!本書はその『3000万語の格差』に続きダナ・サスキンド氏が上梓なさった新作である。読まねばなるまい。というわけでAmazonで予約して勇んで読み始めた。
すべての親に子どもと過ごす時間を!
先に出版されたダナ・サスキンド氏の『3000万語の格差』には以下のようなことが書かれている。
このような研究結果を発表しているダナ・サスキンド氏である。親が0~3歳の子どもと過ごし、愛情深く語りかけることの重要性は誰よりも理解している。彼女は研究と並行してアメリカ内で親に赤ちゃんへの有効な話しかけ方を教える大規模な活動も行っている。ただ、そうした活動を進めれば進めるほど、彼女は親が子どもと過ごし沢山の語りかけをどれだけやりたくでも出来ない現実の壁を目の当たりにする。
日本と違い、アメリカでは有給の産育休制度やチャイルドケアが十分でないために、多くの保護者が子どもに話しかける時間や精神的余裕を持てずにいる。経済的に困窮してシェルターで暮らさなくてはいけない家族、家計を維持するために朝から夜中まで仕事をしなければならない家族、劣悪なチャイルドケアにしか頼れない家族、チャイルドケアにすらアクセスできない家族など。子どもの脳の成長には親との会話が不可欠にもかかわらず、現実は厳しい。環境が整わないせいで脳の成長が損なわれた子どもがどれほどいるのだろうか(実際に環境に恵まれないと子どもの知能は下がってしまう)。
アメリカには「ここは自由の国だから福祉に頼らず家族のことは自分で何とかすべきだ」という風潮があるけれど、0~3歳という脳の可塑性が最も高い時期に投資することは経済成長の点からも投資対効果は高いはずで、妊産婦や乳幼児の子どもへの福祉が手厚い国では妊産婦もそうでない人も総じて幸福度が高いことが分かっている。アメリカでも有給の産育休制度やチャイルドケアの拡充、経済的に困窮している家庭への支援を行うべきではないか?小さな子どもを抱える親は子どものために最善のことをしたいと願っているのだから、今こそ保護者たちで協力して、保護者に優しい国を作ろうではないか!・・・というのが本書の趣旨である。
制度が整っているだけでは足りない
アメリカの妊産婦や乳幼児の親がおかれている環境と比べると、日本はまるで天国のようだ。日本は子どもに優しくない!とSNSなどで言われることもあるけど、世界的にみると産育休や子どもがいる困窮家庭への支援は年々拡充してきており、今ではかなりの充実度を誇っていると思う。日本では「保育園落ちた、日本〇ね!」だけど、国が違えば月に数万円でまともな保育園に入れる方が奇跡なのだ。
そんな贅沢な環境で子育てできていて不足を申すのは非常に心苦しいのだが、そんな環境で子育てしているからこそ、ダナ・サスキンド氏にちょっとだけ言いたいことがある。産育休制度が充実していてチャイルドケアや困窮家庭へのケアが充実すれば親は喜んで子どもに愛情深く語りかける育児を行う・・・というのはいささか理想が過ぎるのではなかろうか?
長女の出産後、私は確かに毎日子どもに沢山話しかけた。歌も歌いまくった(うちは家でテレビをつけたり音楽を聴く習慣がないため、赤ちゃんにBGMを用意しようと思ったらひたすら親が歌うしかなかった)。
当時の私はこんな感じ。
子どものためにやった方が良いことがあり、それをやるのは1番長い時間を一緒に過ごしている母親である私。子どもの健やかな成長が私にかかっている。JUST DO IT!!!
そして何をしても反応が薄い寝たきりの赤ちゃんに絵本を読んで、手遊び歌を歌い、笑顔で話しかけ、、、よっしゃ!良い関わりができた気がする!え、まだ娘と遊び始めて10分しか経ってない…だと!?
産育休中の母親が子どもと過ごす時間って当たり前だけど、めちゃくちゃ長い。当時は在宅勤務もなかったから朝8時から夜20時くらいまでワンオペの日々。赤ちゃんが昼寝している以外の時間ずっと二人きり。その間、子どもの成長の栄養になるような関わりを持たねばならないっていうのは、結構なプレッシャーだ。だって一緒にいる私がやらないと、子どもの脳の健やかな成長に影響があるかもしれないのだから。娘が起きている間はできる限りのことをやっていたつもりだけど、どうやってこの膨大な時間を有意義に埋めていけばいいのかと思うと気が遠くなりそうだった。一人で赤ちゃんのお世話するのって、それだけでかなり疲れるし。結局、当時は自宅にこもって育児をするとノイローゼになる予感しかなかったから、2か月過ぎから児童館に連れて行って、そこで他のママたちと話しながら娘に遊んだり話しかけたりして時間を過ごした。あんなに毎日児童館に通い詰めて時間を過ごした人って少ないんじゃなかろうか。そのうち見かねた夫が長期の育児休暇を取得してくれてノイローゼは回避できたが、あの時の辛さは今も覚えている。
そして昨年二人目を出産した私は、またこのループにはまっている。やはりベビーと一緒にいるときは「何か子どもにとって良いことをしてあげなければ!」と頭の中で声がする。知育には親の自己犠牲の精神が欠かせない。知育は修行だ。2回経験してみて心から思う。有給の産育休があっても、知育を母親だけでやるのはきつい。
知育は多数の手でやろう
ところで、知育つらいと言いながら、実は2人目を育てている今は長女の時ほどの辛さを感じていない。今回は夫が週2~3回の在宅勤務をしてくれているから煮詰まったらパスできるし、夫不在時でしんどい時はシッターサービスを依頼して読み聞かせや手遊び歌などをお願いしている。つまり1人で抱え込まなくてもよいので追い込まれずに済んでいるのである。赤ちゃんと1on1で過ごすとプレッシャーは母親の肩にずっしり乗るが、夫やシッターさんと分け合えば負担が和らぐ。疲れて何もできなかった日も「今日は絵本をあまり読めていないけど、夫が何冊か読んでくれていたから大丈夫」と思うと、安らかに眠れる(実際は夜泣き対応で何度も起こされるのだが)。知育に限らず、赤ちゃんのお世話は命を預かる行為なので、とてもプレッシャーがかかる。その上に脳の成長もサポートしなければならない。でないと子どもの学業成績に影響が及んでしまう…と思いこんでしまう。
こんな重いプレッシャーを母親だけに担わせてはいけない。たとえ有給の産育休制度が整っていても、母親が家でワンオペしていたら知育なんて出来ないケースもあると思う(現に私もノイローゼに片足を突っ込んだ)。チャイルドケアの充実は母親を助けると思う。つまり、子どものことはなんでもかんでも母親(もしくは父親)でっていうのがナンセンス。ダナ・サスキンド氏のペアレントネーションは福祉制度の拡充や職場の理解を促す内容が強かったが、是非そこに母親(もしくは父親)が知育のプレッシャーを一人で抱え込まなくてもすむように、というメッセージも加えてほしい。
なんなら、経済的に安定していて産育休制度が整っていたとしても余裕があれば仕事や勉強に時間を割きたい親もいると思うし(誰もが子どもの知育や教育に関心があるわけではないよね…)。それでも子どもの脳の成長を担保できるようなチャイルドケアのプログラムやサービスが組まれたら理想的だと思う。0歳は愛着形成の時期でもあるから親にしかできないこともあるだろうけど、1人で抱え込むよりずっと良い結果をもたらすと思う。
親の国を作るために
・・・読書感想文というより、私の知育ヒストリーなつぶやきでなってしまったが、ここでまた本書に戻りたい。本書は親たちに「子育てがしやすい親たちの国を作ろう!」と呼び掛けている。巻末には付録として職場やコミュニティなど身近なところで変化を起こすための観点がまとめられている。まずはその付録をもとに読書会を開いて各観点について感想を言い合ったり、話し合ったりするだけでも良い。より子育てしやすい環境を作りたい親同士がつながり、連携しあうことで、親たちの声はより大きくなり、自分たちで何かを変えられるかもしれないし、組織や自治体の意思決定に影響を与えられるかもしれない。具体的なアクションにつなげられる付録で終わる構成は素晴らしい構成だ。自分1人で何ができるのか?というと怪しいところもあるけれど、本書を参考に私も身近なところで子育てしやすい環境づくりをやってみたいと思う。例えば、自分が所属している職場のグループ、コミュニティ、市民活動など、出来そうなことはいろいろある。ダナ・サスキンド氏が暮らすアメリカから遠く離れた日本でも、親たちの国づくりを進めてみたいと思う。子どもは未来そのものなのだから。
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