【余談】短編小説「まーちゃん」の裏側
こちらは【短編小説】まーちゃん がどのように生まれたか、の余談です
1998年のある日、私は電車に乗っていました。
疲れていたので座りたくて、急行には乗らずに各駅停車、それも一番先頭の車両を選んで。
先発の急行が発車して私の乗った各駅停車も出発した直後、電車が川を渡る橋に差し掛かろうとした時のことでした。
電車はブワーーーーーンという大きなクラクションを鳴らし続けながら急ブレーキを踏んだのです。
ゴリッ、という嫌な音が聞こえて電車は急停止。
ガラス窓越しに、運転士さんが慌てた様子で車内電話をかけているのが見えました。
そして車内アナウンス。
「お急ぎのところご迷惑をお掛けしております。ただいまこの列車は人身事故のため、緊急停車をしております。ただいまから車掌と運転士は処理のため一時的に列車を離れますが、お客様は安全のため、電車から降りたりなさらぬよう」……
車内にイヤな緊張が走りました。
やがて運転士さんはドアを開けて外に出ました。
数の少ない乗客同士は、何が起こったのかと不安げに窓の外を見ていました。
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1998年、個人が持ち歩く「電話」はPHSからケイタイが主流になり、同じキャリア同士ならショートメッセージ機能が使えたり、違うキャリア同士ならe-mailという方法で文字のやりとりができるようになっていた時代。
でもSNSは無いし、ケイタイのカメラで写真を撮る、という行動も一般的ではありませんでした。
電話といえば固定電話は当たり前で、銀行の口座開設にケイタイの番号を書くとちょっぴり不審な顔をされた時代。
「まーちゃん」の中で出てくる
>なぜだかよく電話番号を変えていたけど
のくだりは、もちろん固定電話の話です。
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橋に下りた運転士さんはそのまま線路沿いに後ろの方の車両へ向かっていました。
8両編成の列車では、車両の後ろの方に行ってしまうと座席からはもうその姿は見えなくなります。
乗客たちはただただ不安げにお互いの顔を見合わせることしかできませんでした。
>やっぱり、人、なのかしら、轢かれたの
>多分……
>気持ち悪いわね
そんな会話が聞こえてきました。
そして私は思ったのです。
もしもこれが人身事故だとするなら、轢かれた人はなぜそこに居たのだろう。
真っ先に浮かんだのは自殺の二文字でした。
でもこの列車の直前には、2分と空けずに急行列車が橋を通り過ぎているはずです。
なのにその急行には接触せず、後ろの各駅停車に撥ねられてしまったのは何故なのか。
その場所を選び覚悟を決めて侵入してきた、と言うには少し違和感を覚えました。
もしかしたらその人は死のうとしていたのではなく、急行に気を取られて各駅停車の接近に気が付かなかっただけのではないだろうか。
そもそもそう簡単に線路内に立ち入ることなどできないはずなのに、それを超えて来たのは熟慮の結果ではなく、止むに止まれぬ衝動に突き動かされたのではないか。
だとしたらその理由とはどんなことなのか。
例えばその人が、急行を追いかけていたとしたらどうだろう。
もっと言えば急行に乗っていた誰かを必死に追いかけていたのだとしたら。
追いかけて追いかけて、それでも追いつけず諦めきれずに線路までよじ登って電車を見送ってしまい、後ろから来ている別の電車にすら気が付くことができなかったとしたら。
追いかけていた「誰か」はその人にとってどんな存在だったのだろう。
よほどの強い思いを抱いていたに違いない。
例えば、大切な恋人。
それを誰かに奪い去られるのを阻止しようとしていた、とか。
けれどもじつは相手の人にはその気は無かった、とか。
90年代後半は、「つきまとい」が「ストーク」という英語に変換されて「つきまといをする人」を意味する「ストーカー」という言葉が出てきた頃でした。
つきまとわれた方はもちろん強い恐怖を感じます。許される行為ではないと思います。
ですが他の犯罪者と違い、ストーカーは自分が犯罪を犯しているという意識は全く無いのではないか、と私は感じていました。
ではどのような考えで行動をしているのか。
その気持ちを、想像のかけらをつなぎ合わせて生まれたのが「ゆうくん」だったのです。
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空想に浸っているうちに気が付くと運転士さんが運転席に戻っていました。
車内放送が流れ、電車はゆっくりと走り始めました。
動き始めた時間の中で、私は消えないうちに空想を書き留めておこうと思いノートにペンを走らせたのでした。
こうして生まれたのが、短編「まーちゃん」です。
この裏話をポッドキャストでもう少し詳しくお話ししています。
よろしければ下記URLからお聞きください♪
「まーちゃん」本編はnoteの下記ページに掲載中です。
ぜひご覧ください(*^^*)
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