シャルル・コンクエスト伝1-サイレント ネオ-ムーン ソング
自分のことを”僕”と呼ぶ若い女性シャルル・コンクエストは、つい最近コンクエスト家を率いる当主になった。
父親であるゴダー・コンクエストが病気がちであったため、娘のシャルルに当主の座を譲り渡したのだ。
シャルルには弟のアモンがいたが15歳に過ぎず、父親のゴダーは年上のシャルルを指名した。
といってもシャルルも若く、19歳でコンクエスト党を率いる立場になり、それは彼女にとって大きな重荷だった。
”相対するユニコーン”を紋章とするコンクエスト家は、月歌においても最も歴史が長い名門の一つと言われる。
特に近年はムーンキングダムでも力をつけている一族とされ、シャルルの叔母にあたるシータ・コンクエストは、エビル・メルセデウス17世に嫁いでいる。
つまり、シャルルはエビルの娘シャローンの母方の一族にあたることになる。
そのため、幼いころより共に過ごすことも多く、キングダムでは数少ないシャローンの理解者とされた。
シャローンとシャルルは同い年ということもあり、親近感が強かったのであろう。
シャローンは如才なく、人当たりのよいシャルルをとても気に入り、2人は常に同じ学校に通っていたという。
成長してもその関係は変わらず、士官学校でも共に学んでいた。
シャルル・コンクエストは、コンクエスト家の者の多くがそうであるように、頭が良い物だった。
また、物腰柔らか、容姿端麗であるため、外交においても才能を発揮することになった。
CAパイロットとしての腕は、『アベレージパイロットの域を出ない』と言うのが士官学校での評価だった。
これは、『スーパーエースとなりうる』と称されたシャローンとは大きな差である。
実際、シャルルは戦闘を好まず、話し合いで解決することを好んだと言われる。
しかし、シャルルは後にコンクエスト家を繁栄させ、中興の祖と呼ばれるジゼル・コンクエストと重ね合わせて語られることも多く、指揮の能力は抜群であったとされる。
だが、シャルルは本来であれば文官を希望していたという。そのため、コンクエスト家を率いることにはなったが、弟が成長するまでのつなぎと思っていたのである。
結局のところ、情勢がそれを許さず、なかなか当主を弟に譲ることができなかった。
このような背景を持つシャルルのことを、シャローンは重宝した。
基本的には常に戦場を共にし、最も重要な場所にコンクエスト党を配置することも多かったという。
そして時には、自分の留守をシャルルに任せるほどの信頼の厚さだった。
そのため、シャローンが戦った重要な戦争において、シャルルは多くの場所で共に戦ったのである。
シャローンにとってシャルルは気心が知れた親族であり、幼馴染でもあった。
さらに戦友でもあったため、欠かすことのできない存在だったのだ。
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