【ショート小説】女の家
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20代の頃は違った。
「今日からうちで働いてもらう、派遣の女性です」
そう紹介されるたびに、男性陣が色めき立ち、その目は輝いた。
そのうちの数人は、実際につきあったりもした。
結婚したかった。結婚して、私をこんな立場から救い出してくれと、心底願った。
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だけどその願いは叶わないまま、気づいたら35歳になっていた。
33歳を超えたあたりだろうか。こんなにもわかりやすく変わるのかというくらい、男性たちからの視線の、色が、温度が変わった。
「なんだよ、あの新しい派遣。おばさんじゃん」
男子トイレから聞こえてくる、蔑みの声。
耳を塞いで、ほうれい線が誤魔化せるように精一杯の笑顔を浮かべて、お茶を配り、コピーをとり、電話に出た。
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40歳を超えた頃。あまりにも冷たい社会からの視線に耐えられず、私は逃げ出した。
「帰っておいで」
年老いた両親からの甘い言葉に、蜜のように吸い寄せられ、田舎へ戻った。
「何言ってんの。40なんて、まだ若いじゃない」
「私たちにとって、あなたはずっと娘のままよ」
言われて、ホッとする。社会から浴びせられた冷たい視線。傷ついた心が、癒やされていく気がした。
ここではいつまでも、若くいられる。
「娘」であり続ける私を、誰も「おばさん」呼ばわりしない。
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「病院まで、送ってくれない?」
母親の言葉に、ハッとする。
「まだ若いんだから。色々手伝ってよ。お願いね」
車のキーを差し込みながら、若いってなんだろうと思う。
父親の車椅子を押しながら、若いってなんだろうと思う。
結局、戻ってきただけじゃないか。新しく「家庭」を作れなかった私は、ただ古い「家庭」に戻ってきただけ。女の居場所は、やっぱり「家庭」でしかあり得ないのか。
それでも、「おばさん」になるよりは、ずっとまし。
娘であり続ける方が、ずっとまし。
「家」はこんなにも温かく、まるで私を隠すように包み込んでくれる。
だから私は、今日もハンドルを握る。
(了)
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