人魚姫の告解
私が昔人魚だったと言ったら、キミはどんな反応をするだろう?冗談だと言って笑うのかな?それとも真面目な顔で私の話を信じてくれるのかな?そもそもキミは人魚を信じているのかな?こんな話、キミとしたことが無いから、まったく想像できないな。キミの反応を直接見るのはなんとなく怖いから、手紙にすることにしました。読んでね。
私、昔人魚だったんだ。本当だよ。私が水の中にいた頃、私は王女なのにおてんばだった。
執事のセバスチャンだけは、乱暴に泳いでは駄目とか、汚い言葉を使っては駄目とか、肌や髪の手入れを欠かしては駄目とか、うるさいことばかり言ってきたけれど、お父様もお母様もお姉様たちも、末娘の私にはことさら甘くて、ちょっとやそっとのことでは全然怒られなかった。それを良いことに、私は時々こっそりお城を抜け出して、地上にあるお気に入りの岩の上で歌を歌っていたんだ。珊瑚の森まで泳いで行って、そのまま上へ上へ上がって行ったところにあるの。セバスチャンからは駄目だって言われていたんだけど、太陽の光を目指してぐんぐん力強く水をかくのが好きだったな。水面から顔を出した時ににぎやかな光が一斉に私を包むのも好きだった。地上で歌う歌は、水の中よりも遠くまで透き通って響いていくような気がして気持ちが良かったな。
でもあの日、私は地上で歌っている姿を人間に見られてしまったの。一応、人魚の王国の規律では人間に姿を見られるのは駄目ってことになっているんだ。ほら、人間は自分と違うものを排除しようとするじゃない?多分それでだと思うんだけど、人間の中では人魚っていう存在を、伝説のものにしておかないといけないって言われてたの。私は慌てたセバスチャンに連れ戻されて、お父様の前に連れて行かれたんだけど、その時は正直、全然怖くなかった。だってお父様が私に甘いのは知っていたから。
「駄目だぞ、次からは気をつけなさい。」
少し怖い顔でいつも通りこう言って終わり、そう思ってた。なのに、あの日の言葉は予想外で、今でも夢に出てくるほど。一緒に寝ている時、私がうなされていたからって、キミは時々心配そうに起こしてくれたけど、そう言う時は大抵お父様の夢を見ていたんだ。どんな夢を見ていたか忘れちゃったって、いつも嘘をついてごめんね。
「姫よ、お前はこの人魚の王国の中で最も重大な規律を破った。よって100年間、人間界へ追放とする。これでも容赦した方だ。」
お父様の声はいつもの100倍くらい怖くて、力強くて、どんなに泣いても、謝っても許してもらえなかった。100年間という年月が途方も無く長く感じられて、絶望感に苛まれながら一生分くらいごめんなさいって叫んだと思う。
地上に放り出された私は、じくじく痛む脚が痛くて泣いていた。裸の私を取り囲む好奇の目、ざわざわと騒がしい声、私に向けられる全てが不快で、怖くて、いらいらした。人間なんて大嫌いだと思った。野蛮で利己的で遠慮が無い。本当最悪。私、人魚の中ではおてんばだったけど、人間と比べたら全然ましだったなと思った。
でもキミはそんな人間の中で異質な存在だよね。優しくて、他人のことばっかり考えて損してばかりで、ごめんねが口癖で、本当に人間らしくない人間。私の車椅子を押す時、いつも穏やかな声で話しかけてくれるのが嬉しかった。人間はずーっと嫌いだったけど、100年間で唯一キミのことは好きだったよ。明日、長かった地上での苦しい生活がやっと終わるっていうのに、キミのせいで最後の最後に海に帰りたくなくなっちゃった。私をこんな気持ちにさせるところが、唯一キミの嫌いなところ。キミに会っちゃうと帰りづらくなるから、こっそり抜け出す私を許してね。最後のわがまま。さよなら、またね。
海楼(かいろう)レイラ