辛すぎる大学時代にのめりこんでいたポケモンUSUMの話
どうも、無職です。
転職に向けて引っ越し準備やら入社手続きやらで無職にしては忙しい日々を送っています。
今回は私の数少ない好きなモノの一つであるポケモンについて綴ります。
一部専門用語が入ります。
ポケモン歴
まず初めに簡単に私のポケモン歴を紹介します。
子供の頃のクリスマスプレゼントとして両親に買ってもらったサファイアのソフトをきっかけにポケモンのゲームに熱中するようになりました。
その後はエメラルドやファイアレッドをプレイしていましたが、周りの友達がポケモン離れしたことに伴い、自分もポケモンからしばらく遠ざかることになりました。
中学生になると、友達がみんなモンハンに夢中で私もモンハンばかりプレイしていました。ダイヤモンドとハートゴールドを少しだけプレイし、高校生になるとポケモンを含めてゲーム自体あまりしなくなりました。
大学2年生の頃、社会現象となったポケモンGOをきっかけにポケモンというコンテンツの持つ魅力を再認識し、当時の最新作であったオメガルビーを購入して少しずつ「厳選」について学び、サンムーンから本格的に”ガチ勢”としてプレイしていました。
その後発売したソードシールドはサンムーンに熱中しすぎた反動なのか、環境の変化や仕様の変更に苛立ちを覚え、楽しむことができずに放置していて最終的にSwitchごと売却しました。
しかし、最新作であるスカーレット/バイオレットは何もかもで快適で発売当初から4か月ほど遊び尽くし、大満足のまま再びSwitchごと売却し、現在はDLCもプレイしていません。
この辺の価値観は最後に触れています。
ポケモン復帰
一度ポケモンから離れていた私がポケモンの魅力を再認識したきっかけは2016年の夏にリリースされた「ポケモンGO」です。
当時大学2年生だった私は同級生はもちろん、老若男女問わず誰もがポケモンを捕まえることに夢中になっていた光景を今でも覚えています。
その影響で再びポケモンのゲームをプレイしたくなった私は当時の最新作であったオメガルビーを購入し、アニメもリアルタイムで見るようになりました。
オメガルビーは偶然にも私が初めてプレイしたサファイアのリメイク版のバージョン違いであり、懐かしさとともにストーリーを楽しんでいました(ラティオスの背中に乗れたことが本当に感動しました)。
その後は未プレイだった5世代やXY、アルファサファイアのソフトも購入し、一通りプレイしたのちについにサンムーンの発売日を迎えました。
発売日に家電量販店でサンを購入し、御三家を選ぶ前に何にしようか悩んでTwitterで「アシマリ」と検索したところ、「アシマリ おくびょう」と謎のワードが出てきて初めてポケモンの性格に意味があることを知りました(性格は3世代からあったのですが、気にしていませんでした)。
結局、御三家の厳選はせずストーリーを進めていき、ソルガレオをゲットするタイミングで一匹しか捕まえられないため厳選しようと思い、色々調べ始めました。ここが私のポケモン”ガチ勢”の入り口でした。
シンクロケーシィの捕獲が難しすぎてオメガルビーでラルトスを大量に捕獲したのですが、なぜか無補正含めてすべての性格のラルトスが捕まえるまで捕獲し続けたり、ロイヤルバトルでわざと負けて1BPずつ貯めてあかいいとを交換したり、試行錯誤して少しずつ厳選の知識を深めていきました。
今思うと、最新作は当時に比べて育成の何もかもが楽ですね。
「オレがお前くらいの年齢の時はなぁ…」みたいな説教おじにはなりたくないですが、そういう地道な作業が今となってはいい思い出です。
辛すぎる大学時代とポケモン
大学3年生に進学した私は大学の講義中にオンライン対戦のパーティ構築を考えるほどポケモンSMに熱中していました。
そして、人生で初めてハード2台持ちを経験します。
3DSとムーンをそれぞれ購入し、一人で2台を操作して育成や図鑑埋めを効率化するようになりました。
この時点で「廃人」です。 笑
友達のいないポケモンプレイヤーは基本的にオンラインで交換相手を探します。オンラインでも普通に交換はできますが、一人で2台を操作して作業した方が圧倒的に効率がいいことや詐欺の心配がないことにメリットを感じ、以降はずっと「2台持ち」です。
ひたすら過去作や別バージョンから捕獲を繰り返して700匹以上登録が必要な全国図鑑を完成させ、ついに色違いを出しやすくするアイテムを手に入れた私の厳選作業はそこから徐々に「色違い」厳選にシフトしていきました。
色違い厳選は本当に楽しかったです。
当時はミントがなく、めざパも存在していたため、野生産の理想個体を厳選することは今よりも難しいものでした。
そのため、色違いを捕獲しても妥協しなければいけないことが多く、完璧主義な私はもどかしい気持ちを抱えながらプレイしていました。
そして、「乱数調整」というやり方に出会いました。
ポケモンガチ勢でも乱数調整を理解してできる人は結構少ないと思いますが、ついにその領域まで手を出してしまいました。 笑
固定乱数➡孵化乱数➡配達員乱数➡野生乱数➡その他特殊な乱数と徐々に難易度を挙げていき、最終的には250~300匹の色違いを捕獲した気がします。
この乱数調整にのめりこんでいた作品がウルトラサン/ウルトラムーン(USUM)で、当時私が大学3年生の時に発売されました。
当時の私は就活を間近に控えながらも何もする気になれず、講義とバイトとゲーム(USUMとFIFA18)をひたすら繰り返す日々を送っていました。
高い授業を払っているのに退屈だと感じてしまう授業、サークルなど課外活動で充実した学生生活を送る周りの学生、それに対して何も努力せず、自堕落な生活を送っている自分自身に嫌気がさし、「何のために大学に行っているんだろう」と何度も考えていました。
毎日一人で講義を受けることは顔には出していなかったけど、やっぱり寂しかったし、その状況を受け入れることしかできないことが辛かったです。
周りが就活に向けて動き出している様子が徐々に明らかになっていく中、私はゼミにも入っていなかったので情報が手に入らず、暗闇の中で一人でもがいている気分でした。
そんな辛い精神状態で大学4年生に進学すると、ますます現実から目を背けるように就活から逃げてしまい、罪悪感から少しだけゲームから距離を置きました。
そして、ゴールデンウイークに突入すると、「企業も採用活動を一旦ストップしてるわけだしゲームしよ!」と意味の分からない思考で再び3DSを手に取り、乱数調整にのめりこんでいきました。
周りの就活生がESや面接対策、OB訪問、企業研究など休日返上で努力しているゴールデンウイーク期間中に、私は色違いのポケモンを捕獲して楽しんでいたわけです。
捕獲直後は嬉しいものの、すぐに罪悪感に襲われてそれを繰り返すという何とも奇妙な期間でした。
結局のところ、就活は既卒で行い、現役時に内定をもらっていた場合でも即決していたであろうホワイト企業に入社できました。
しかしその後は適応障害を発症し、2回目の転職活動を経て現在に至ります。
最新作のスカーレット/バイオレットは発売当初から4か月ほど楽しみました。当然のように2台持ちでした。現在売ってしまった理由は「やりつくしたから」です。
私は普段から放置期間が長いモノはできるだけ断捨離を心掛けています。
ポケモンにおいては発売当初から色違い厳選に加えて「色違い"証"厳選」を始めて図鑑埋めも育成もオンライン対戦も一通り楽しんだため、Switch2台とソフト2つ、金策に必要な連射コントローラーなどすべて売りました。
「やりたくなったらまた買えばいい」のスタンスです。楽しんだ期間を考慮するとお金の損得は正直どうでもいいです。
子供のころからプレイしていたポケモンのゲームシリーズは現在では9世代まで続き、私も含めて多くの人に愛される作品です。
そんな作品をこれからも楽しみにしているとともに、私自身もよりよい人生に向けて頑張っていきたいと思います。
最後までご覧いただき誠にありがとうございました。
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