猫の話。(小説)
みやこは泣いていた。雨の中、だれも気付かないように。
2時間前。学校。
昼休みのいつものおふざけタイム、アイドルの名前間違えただけなのに、嫌なこと、言われて、私、いじめられているのかもって思いついたら、もう、教室にいたくなくなった。でも、帰るなんてできなくて。ホームルーム終わったら、速攻、後ろのドアから廊下。ちらっとさとみちゃんの顔、視線の端っこに見えちゃって、ふっと視線外された。さとみちゃんは意地悪なこと、いわないでくれたのに・・・『でも』と『やっぱり』が瞬間交差する。昇降口から外に出た。おもわずホッとしちゃう。
そしたら雨で。
もういいやって。
折り畳み傘持ってたけど、そのまま駅へ走った。
一駅。最寄り駅の駅前広場は小さくて、改札口正面、広場の向こうに『駅前商店街』のアーチ。改札口の左に交番と郵便局。右はキヨスク、いまはドラッグストアだけど。その向こうに大きな駐輪場。
大きな駅ビルもなくて。アーチに続く小さな駅前商店街はアーケードになっていた。すぐそこへもぐりこむ。
駅前商店街を抜けた先にバイパスがある。バイパスは大規模区画整理事業(主体は隣駅)とかなんとかでできたすごく広い道だ。みやこの駅は取り残されたように昔ながらの町に守られている。
おかあさんの勤めるスーパーは商店街が終わったとこ。正確にはバイパスを渡った反対側にある。スーパーの大きな駐車場は、商店街に来る人も使えるよう、スーパーと商店街が話し合ったとかで、行き来は多い。知っているおばさんに会うこともあるから、今日はその信号を避けて、バイパス沿いに100メートル右に進んだところにある新昌寺の前の交差点まで歩く。アパートはスーパーの裏手の路地を入ったところだから、ちょっと遠回りになる。
交差点を3メートルも離れたら、人通りは途絶え、途端、涙が噴き出た。もう、アーケードはない。折あしく雨は大降りになってきた。ちょうどいい。制服は濡れちゃうけどしょうがない。
みやこは泣いた。雨の中、だれも気付かないように。
新昌寺の前にはお寺が所有する小さな建物があって「町内会館」と看板が下がっていた。その看板の下に猫がいた。みーみーと鳴いて見上げてきた。石の道案内、300年前に設置されていまにも崩れそうなのと、木の立て看板の間に影のように動く。
ああ。自分みたいだ。
アパートは猫は、ネコだけじゃなくペットは禁止だ。わかっているけどほっておけなかった。そっと抱えて青信号をわたった。
アパートにつくと、とりあえず、風呂場に猫を連れて行った。ちょっとだけ、泥を落として・・・泥を落とそうとしたら激しく暴れてみーみーと鳴くので挫け、タオルを濡らして拭くことにした。タオルが汚くなるけどしょうがない。タオルを洗いながら丁寧に拭いた。新しいタオルを敷いた洗濯籠にそっと置く。また涙が出た。
ちょうどおかあさんが帰ってきた。本能的に泣くのをやめて取り繕う。
「何やってんの!」
すぐ怒った。
「返してらっしゃい!」
そして、泣きはらした跡のある娘の顔に気付く。
「どうしたのよ?」
みやこはまた泣き出してしまった。そんなつもりはなかったのに。
おかあさんは学校を休みがちのみやこに気付いていたが、気づかぬふりをしていた。それが今日は無事行ったみたいなので安心していたのだ。
しばしの沈黙のあと。おかあさんが折れた。みやこは涙を拭いた。
「おかあさん、ごめんなさい」
「・・・わかった。内緒よ」
「え?」
みやこはみやこで諦めて戻すつもりになっていたのだ。身が切られるようだったが。すぐには順応できない。
「とりあえず、お医者さんに見せないと」
おかあさんは実際的だ。
ふたりは小さなバスケットに猫を移して、表通りの動物病院に行った。
動物病院での検査は長かった。それに、近所の病院に来たからには猫を飼うのをわかってしまうかもしれない。それでも。おかあさんは思った。いつも遠慮ばかりしているみやこが連れてきたんだ。大事、わたしにとっても大事な子なんだ。