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武蔵御宿捕物帖-5

あらすじ

 辰之助は八王子千人同心だ。日光東照宮の火の番を勤めあげて帰る途中の扇町屋で捕り物に出くわす。その時あった男の笑顔に引っかかって、所沢まで行ってみた。出会ったのは、男とは似ても似つかない小柄な少女だった。
 捕り物の男(実は女)は、所沢の岡っ引きだった。相棒と共に町を守っていた。件の少女とは姉妹の間柄。悪い虫なら容赦しない。

市に潜んだ悪いヤツ3

 辰之助を見送って、小鉄は隣の名主本宅へ、おなつは店へ帰って行った。
 おはるは今夜の捕物に備えて、馬の世話、そのほか、こまごまとした段取りをいつも通り片づけて行った。
 今日は市日だから、配達の荷がたんと出る。名主の馬も貸さねばならない。大八車もしっかり油を塗って、取り敢えず、全部使えるように揃えた。
「おはるちゃん、引又(現在の志木市)行きの荷がそろったから、一便出すよ、次の荷で旦那の大八車を借りなきゃならない」
「あいよ、用意してあるから持って行っとくれ」
 次に走り込んで来た善造は馬をご所望だ。
「おはるちゃん、八王子へ行く繭玉がそろった、傷まないうちに出そうと思うんだ」
 繭は生き物だから、陽にあたったり温度の上下、まして雨にあたったらおじゃんだ。夏に入って繭は順調だ、実入りもいいから商人も喜ばれてやりがいがある。善三は引馬3頭とも連れてほいほいと出て行った。この3頭は実は名主のものではない。商家から預かっている。所澤の商家は奥行きがなくて、見世やら蔵やらを並べたら馬を飼う余地はない。名主は3区画を持っているので、やりくりして預かる。市日のない日は鎌倉街道沿いにある秣場へ連れ出して向うの小屋で休ませている。

 馬が出払ってしまった。もっとも一便は早朝にもう出しているのだ。最上品の繭で、買い手が決まっている荷だった。
「そうだ、そろそろ帰って来るころだ」
 厩をさっと洗って手入れができるように場を広げておく。水も汲みにいかなくてはならない、水の乏しいこの町では、大通りの井戸が頼りだ。こんな日は小鉄に頼むのだが、今日はムリだろう。水汲みの道具を二組そろえると、三助を探しに行く。倉庫の整理をしていた。倉庫の穀物はだいぶ減っている。
「三ちゃん、悪いんだけど、水汲み頼むわ」
 声だけかけて自分は天秤棒を担いで出る。少なくとも10杯は欲しい。さっきの手入れで大桶の底が見えるほどに使ってしまった。朝のうちから暑かったから、馬もふぅふぅ言っていた。
<気をつけてやらないと・・・帰ってきたら・・・やっぱり水と藁がいる>

 小鉄の方は、名主に掏摸の盗人宿が見つかったかもしれない、と報告していた。
「お上に知れたら大事になる、身内でどにかならんか」
 あいかわらず名主は強気だ。捕まえてから番屋で話せというのだ。偶然見つけて捕まえた体でやってくれ、できるか。
 代官所の役人(侍)に出張ってもらえば2~3日はすぐ経ってしまう、八州廻りは動かない。火付け盗賊改めへのお届けをしても、届だけで2・3日、1カ月は来ないだろう。情報は洩れるし、敵も逃げるし。なんとしても市は守らなくちゃならない。
「そうですねぇ、馬(馬五郎のこと)はやるし、三の字(三助のこと)も見張りは得意だし」
 八州廻りの道案内(岡っ引き・逮捕権あり)は5人だ。踏み込むのはその5人。すぐに小鉄は飛び出した。道案内のほかに、商家の用心棒5~6人がいる。名主の発案で、ちょっとした警備隊のようなものを組織、5軒の商家にそれぞれ給金を出してもらっていた。道案内と用心棒とは気心が知れるようにと、やはりこれも名主の発案でいっしょの稽古を積むなどしていた。だが、用心棒にはいかなる権限もないので、踏み込むのまでは頼めない。だが、悪人共が逃げたら(暴れたら)こっちのもの、というわけだ。所澤の用心棒は強い。悪人にとっては腕や足がなくなることを意味していた。

 名主との談合が終わると、三助は見張りに出て行った。件の崖の家は、最初、祷屋と称する商人が安産祈願などを名目に大金をとることを目して所澤に進出、市日がない日は崖の家でまじないをしていた。目立たない家は秘密を隠したい者には好適で、密かに流行っていたのが、死人が出てお仕置きになり、それきり放置されていた。何やかやの末、寺社奉行のエリアになったいわくつきの家である。

 三助は、一度南側に降りてから、家の真下まで忍んで行き、息を殺した。
 どうやら、三人いるらしい。
 首領は・・・桑を売っていた男だった。あのとき三助は市場の見張りも身上で、そいつが桑座にいたことを覚えていた。
 小鉄も三助と同じルートで家に着いた。まだ明るい。囁く三助の話をききとると、もう一度市へもどって行った。
 小鉄が去ると、ほぼ同時に、なかの三人が道へあらわれた。三助は家の蔭にぎゅっと身を押し付けた。桑の男と手ぬぐい男は、崖沿いに市へ戻るようだった。もう一人はそれを見送ると実蔵院の方へ歩き出した。三助は一瞬迷ったが、その男を追っていくことにした。

 北野天神の下の家に入って行った。
 天神様の参拝客に交じってそれとなく家に近づき、茶の茂みに隠れた。この季節、新芽にちょっと触れただけでいい香りがする。
 中の声が切れ切れに聞こえた。
「所澤の市でかどわかしはムリでさ、得体の知れない浪人者が商家にやとわれているんだ」
「おい、仙造、そんな話は聞いてないぞ」
 あわてた声が応えて
「それが、先月はそんなことはなかったんで。今月見回りに行ったら、そんな話になってたんでさ」
 それにしても桑売りは自分の名を辰之助に名乗ったことになる。
「おい、大丈夫か」
「そんで、カモを遊ばせるのは止めて、とりあえず作次がちょいと預かり物を」
 作次というのは例の派手な手ぬぐいのスリの事らしい。派手な手ぬぐいの印象だけを覚えさせ、自分の印象を消しているヤツだ。
「頼まれたからって、銭が無きゃあ騒ぐこともできませんやね」
 ・・・ガサガサという音が高くなる。何を聞き逃したのか、三助は気になるが仕方ない。
「そしたら、親分にそう言うよ。扇町屋で探りを入れたが、あの浪人は役立たずで、岡っ引き風情にやられ放題だ、武士といっても世も末さ」
 ・・・余計声が切れ切れになった。どうやら酒の支度をしているらしい。
「とりあえず、あたしはこのまま上州へ帰るよ、八州も来るからね、フン、八州って言ったってどうせ貧乏旗本さ」

 三助はそれだけ聞くと引き返すことにした。今夜の立ち回りの前に知らせなくてはならない。走り出した三助の草鞋の紐が切れた。
「フン」
 腰の袋から予備を出すと傷んだ草鞋は袋に戻し、予備を履き直して走り出した。草鞋を直す間はない。

 三助は間に合った。
 事情を知った名主は、件の家に見張りを出し、北野天神の家も見張るため、北野村の名主に改めて使者を送った。こういう場合は、組頭の家人にいい人材がいる。
「頼むぞ」 

 夕暮が迫り、小屋に3人がもどって来たことが知れた。
 小鉄と4人の道案内は、道・崖三方から迫っていった。
 道には用心棒がさりげなく通行人を演じていたが、どこまでさりげないかは、まぁ、問題が残る程度の演技だ。

 灯りが付いたのを確認して、小鉄がまず踏み込み、わざと桑男を逃がすと、道の上で悲鳴が響いた。掏摸が腰を抜かしているところを、馬五郎はわざと与太ったふりで指を砕いた。繋ぎ屋は盗賊らしく刃物を抜いて抵抗するところを、3人の道案内が縄を打った。

 繋ぎ屋がからくりを全部はいたので、北野天神の住人もお縄になったが、上州までは逮捕の手は届かなかった。

 それがこの事件の全部だ。

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第2話
第3話
第4話
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第7話
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