地名抜書:「剣客商売」第1巻第4話『井関道場・四天王』
第4話 井関道場・四天王
(あらまし)井関道場のもめごと<故井関忠八郎の後継者>の件。四天王:後藤九兵衛・渋谷寅三郎・小沢主計・三冬。
そして事件は起こる。ネタバレあり。未見の方はご注意ください。
剣客商売第1巻第4話 井関道場・四天王より。地図(画像)
上図左下、⑧市ヶ谷八幡宮があるあたりに、➀井関道場があります。
(144p)「市ヶ谷・長延寺谷町へ立派な道場 門弟二百余」
以下、物語の流れに合わせて場所を綴ります。
情報収集(144p)を浅草・元鳥越に⑨奥山念流の道場を構えている牛堀九万之助から。
⑤は小兵衛の隠宅ですので、ここから⑥を経由して井関道場を見に行ったものと思われます。⑥で駕籠を拾っています。いつもの駕籠屋は⑪なので、もしかしたらいつもの用心が働いたかも?と思ったり(図作成、距離をお楽しみください)。
帰り道。ポイント2カ所(156p)
④市ヶ谷八幡宮へ参詣したのち
⑤四谷伝馬町の弥七(料理屋・武蔵屋)へ。弥七は不在。武蔵屋でもてなしを受け、駕籠を呼んでもらって鐘ヶ淵へ帰宅。
翌日の昼前に三冬が血相を変えて・・・渋谷寅三郎どのが、殺害(せつがい)されましてございます。・・・と、展開。事件については下掲。
場所もう一つ、後継者を決める試合の審判は⑩金子道場・金子孫十郎信任。大道場なので田沼が指名するのももっともですが、小兵衛を知らない、というところがポイントのようです。
経路の試み。
元の地図は川の色も青なのでよく見えず。背景を変えてます。
<「経路の試み」この文章から>
翌朝早く、小兵衛は家を出た。
③両国まで歩き、そこで駕籠(駕籠屋)をやとって➀市ヶ谷・長延寺谷町にある井関道場へ着いたのは四ツ(午前10時)。
<井関道場の周囲の様子>
この辺りは昔は大きな池で、井関道場は長延寺・門前と道を隔てた窪地5百坪に建てられている。
門前町には町家や茶屋もあるが、この辺りは幕府の組屋敷や武家屋敷も多い。
道から石段を下ったところが道場の正面で、武者窓がひろくとってあり・(略)・今日、ひそかに見学することを、三冬に告げていなかった。
以上
この見学行の夜に事件が起こっていました。
(157p)翌日の昼前に三冬が血相を変えて・・・
「先生、渋谷寅三郎どのが、殺害(せつがい)されましてございます」
事件のポイント
道場の西側の②くらやみ坂に打ち倒れ。
(事件の前)井関道場からも程近い牛込の払方町に③〔玉の尾〕という菜飯屋があり、のっぺい汁も名物だそうな/昨夜も、渋谷は玉の尾から道場への帰途を襲われたと見てよい。
②くらやみ坂は、一名〔芥坂〕といわれ、/幅一間、長さ二〇間の坂だが、両側の武家屋敷内の樹木が鬱蒼とおおいかぶさり
さて、くらやみ坂とはどこでしょう?私は最後までわからなかった。下の絵図の方位はこれ、北が下です。
事件後。被疑者の動き>料理屋で密談、弥七は隠し部屋に潜む。
166p)市ヶ谷八幡宮・境内にある⑧料理屋(万屋)は、総門をくぐって一ノ鳥居から胸を突くような石段をのぼり、二ノ鳥居のわきから右へ入った拝殿の崖下に、深い木立にかこまれた構えも大きく、庭づたいの離れが三つほどある。
(全容を知った)四谷の弥七は駕籠を飛ばして⑨両国橋をわたり、鐘ヶ淵の小兵衛の家へ急行した。
177p)後継者を決める試合が、市ヶ谷の道場で。
審判は、⑩一刀流の大道場を湯島五丁目に構える金子孫十郎信任(のぶとう)
1年後の夏、小沢に天罰が。場所は略
以上
読んでいただき、ありがとうございます。
今回もちょっとだけ新しい試みをさせていただきました、
間違いのご指摘、精度アップのアドバイス等ありましたら、
どうぞよろしくお願いいたします。