結局生身の人間
1年2ヶ月前までは全くの他人であったわたしと彼だが、一緒に暮らし始めてから、もう2ヶ月になる。波長が合って、趣味も近くて、この人が、わたしの全く知らない場所で人生を送ってきたのが不思議なくらいだ。
マッチングアプリはすげえな。
先日、彼の幼なじみとその奥さんを拙宅にお招きするというイベントがあった。
彼の友人とちゃんとお会いするのは初めてで、少し緊張したが、2人とも、めちゃめちゃいい人だった。とてもお似合いで、これからも2人で手を取り合って幸せに暮らしていってほしいと思った(わたしがこんなこと言わなくても、お二人はすでにご結婚されている)。
彼氏とわたしを繋いだのはインターネットだが、その向こうにいたのは生身の人間だったし、彼氏の周りの人とわたしが知り合いになっていく。起点はインターネットだとしても、繋がっていくのは生身の人間なんだなあと、うっかり出会いを尊んでしまって、神聖な気持ちだ。
よく考えると、マッチングアプリ以前にも、人間関係の起点がインターネットだったことがある。
就活生向けサイトで探した職場は、アットホームでとても気に入っているし、ネットで探した社会人バンドサークルでは、サークル外でも会うような関係ができた。
結局その先にいるのは生身の人間で、インターネットというのは手段でしかないので、それで彼氏を探したっていいんだぜ、という話です。
「アプリを使って出会うなんて味気ない」という理由でためらうのはもったいないよ〜っていう、マッチングアプリの回し者みたいなことを言ってしまった。
逃げ恥で、みくりのお母さんが言っていた、「もともと運命の人なんじゃなくて、運命の人にするの」っていう言葉が好きで、運命の人に!するぞ!!と意気込んでいるところです。
ネットを通じた出会いといえば、noteでもお友達ができたらいいな〜。
おしまい。