【ゲーム批評祭】「最高に都合の悪い大人の恋愛シミュレーション『ドリームクラブ』」


これは2019年5月、ジニ(@J1NI_R)さんの「ゲーマー日日新聞」内にて行われた公募企画「ゲーム批評祭」への応募原稿を、一部加筆修正したものです。

有難いことにブログ上で取り上げて頂き、ピュア紳士たちからの大きな反響も確かに受け取りました。既に公開済みの文章ではありますが、自分を表現する上では欠かせない作品であり、この度noteへ追加しました。

同企画は直前の告知ながら短期間で80本以上の作品が集まり、ネットに潜む「語りたいゲーマー」の欲求を昇華させる無二の機会となりました。入選作はいずれも、自分が肩を並べるのも烏滸がましい程の珠玉で異色な名文揃いとなっております。是非、ご一読ください。
企画:ゲーム批評祭 - ゲーマー日日新聞



シミュレーションゲーム、特に登場するキャラクターとコミュケーションを繰り返して仲を深めていく「恋愛シミュレーション」はレトロゲームの時代に始まり数々の名作を生み出してきたジャンルのひとつである。

近年はグラフィック表現の進化と共にキャラクターの個性や魅力の表現も多様化の一途を辿っており、膨大なシナリオのボリュームやフルボイス化、あるいはVR化など今なお多様な発展の最中にある。

一方でそうしたキャラクターの魅力をクローズアップするためにエンディングにたどり着くまでの煩わしい要素は不必要とする見方が本格化。複雑な攻略やパラメーターの管理はあまり求められなくなり、シンプルな選択肢によってシナリオが分岐していくシミュレーションゲームは誰でも簡単に楽しめる一方で、イラストと文字によるシンプルな構成が「紙芝居」と揶揄されることも少なくなくなった。

もっとも、例えば男性向け恋愛シミュレーションでは「可愛い女の子のキャラクターと親密になる体験が出来る」という最大の魅力を最大限にノンストレスで楽しみたいというのがユーザーの要望であり、そこへの最短ルートを作り手側によって導いた結果として今の状況があると考えられるので「紙芝居」化も合理的な進化と言えよう。

可愛い幼馴染が毎朝起こしに来てくれるとか、道端でぶつかった美少女が実は転校生とか、そうした「都合の良い」展開がゲームと言う文化に限らずテンプレートとなっていることも「恋愛要素がメインのコンテンツにはストレスフリーさが重要」と言うことの裏付けではないだろうか。


『ドリームクラブ』はそうした「紙芝居化」もいよいよ進んだ2009年にXbox360というハードに産み落とされた、「ピュアな紳士のみが入会を許される大人の社交場」である週末だけの夢のクラブ「ドリームクラブ」でホストガール達とコミュニケーションを重ねていく恋愛シミュレーションゲームである。

舞台となるドリームクラブは制服の布面積が少なめでなんとなく如何わしい印象も受けるが、至って健全なサービスが売りのクラブ。女の子とお酒を飲みながら会話していくという独特のゲームシステムが話題となった作品で、そうは見えない娘もいるがホストガールは全員が成人済みなのでアルコールも提供されるし彼女達も勿論飲む。プレイヤーの分身である主人公はある日突然夢のクラブへ1年間の条件付きで招待されることとなり、個性豊かなホストガール達と交友を深めていくことが目的のゲームとなっている。


ここまではちょっとエッチな雰囲気のするただの恋愛シミュレーションだが、この『ドリクラ』は昨今の同ジャンルに蔓延する「都合の良さ」とは逆を行く、言うなれば極端に「都合の悪い」ゲームなのである。

プレイヤーの分身となる主人公だが、都合よく世話を焼いてくれる幼馴染がいるわけでもなければお嬢様と運命的な出会いをするわけでもなく、毎朝起こしてくれる妹がいるわけでもない。攻略対象となるホストガール達とは「従業員と客」の完全な初対面の関係で、顔を合わせれば主人公らしくモテるどころか隠し切れない下心を見透かされるケースもあって出だしとしてはあまり順調とは言えない。

可愛い女の子たちの周りに都合よく男の影がないということもなく、ホストガール達はドリームクラブの従業員なので当然他の接客も行っており、そうした話題が彼女たちの口から出ることもあれば、時折主人公が来店しても目当てのホストガールが他の客を接客中なのでと他のホストガールがヘルプでやってくることも。仕事なのでもちろんシフトによっては休みの週もあり、彼女たちがこちらの都合に合わせてくれることなんてないのである。

そもそも毎週末ドリームクラブへ通うための資金は毎週のアルバイトコマンドで稼ぐほかなく、トラブルで期間延長を食らって予定が流れてしまうというランダム性の理不尽も残っていれば、順調そうに見えて急転直下バッドエンドに陥る可能性も。

そんな数々の都合の悪さを抱えたシステムの中で、主人公は毎週末ドリームクラブへ通い詰めて話を盛り上げ、好みを聞き出してはプレゼントを贈り、悩み事の相談に乗り、そうしたステップを踏んで仲を深めていく必要がある。彼女たちが当初プレイヤーに対して名乗るのは「源氏名」であり、本名は恋仲となってエンディングを迎えるまで知らされないというシステムが社交場を舞台とするこのゲームを体現していると言えるだろう。


正直に言って本当に面倒くさい設定とシステムである。このゲームにはリセットが存在しないのでプランが大きく崩れることがあっても何らかのエンディングにたどり着くか1年の期限をやり通すしかなく、初見では攻略の糸口も分かりづらい。ホストガールとの関係を進めるにはお酒の力を借り、いい感じに酔わせて話を聞かないといけないが、1回の来店で話せる回数には制限があるので何週目のプレイでも攻略スピードには限界がある。誕生日祝いひとつ取っても、お目当てのホストガールのバースデーを知るためには本人ではなくその娘と仲の良いホストガールをある程度仲良くなることが条件である。


しかし実はこの「不便さ」と言い換えても良い「都合の悪さ」にこそ、本作の魅力が詰まっている。

最初はなんとなく「この娘にしようかな」と選んだつもりのホストガールでも上手く関係が進展しないともどかしさを覚える。そして攻略のために相手のことを知ろうとするが、都合の悪い世界観とシステムのせいで中々上手く行かない。しかしあるところでコロっと上手くシナリオが進み飛躍的に関係が進展する。

これがもうめちゃくちゃ嬉しいのである。仲良くなると「お客さん」ではなく名前やあだ名で呼んでくれるようになるのがうれしい。最初は対面に座っていたのが横に座ってくれるようなるのが超うれしい。ドリンクを「いつもので良い?」と言われた時の嬉しさは言葉に表せないし、「私も同じのが飲みたいな」なんて言われた日にはもうコントローラーを握ったまま走りだしそうな心地になる。

「いつもの」を「同じの」で注文するようになるとオーダーで好感度を稼ぐためには相手の好きなものを「いつもの」にするしかない。本当はゲームが進行するにつれて度数の強いお酒を少量飲んで酔うのがコスパ的には良いのだが、その頃には金銭面のような些細なことは気にならなくなっている。


相手のことを知り、相手のことを考え、振り向いてもらう。『ドリームクラブ』ではこの「都合の良い」恋愛ゲームではスキップされがちな人間関係を築き始める過程にこそゲーム性を盛り込んでいるのである。計算されたシナリオによってゼロから徐々に親密になる関係に夢中になり、気付けば他のことなんてどうでも良いと思えるくらいにホストガールの虜になっている仕組みだ。

何の話を振れば喜んでくれるのか、好みのドリンクは何なのか。最初は何を聞いても曖昧な答えだったのに、最終的にはスリーサイズまで教えてくれる。「都合の悪さ」を乗り越えたからこそ関係の変化が無性に無上の喜びを感じ、ホストガールと恋仲になるという唯一にして最大の目標に辿り着いた瞬間にこの「都合の悪さ」は壮絶な達成感に変わる。

シナリオの進行上ではほとんど影響しないミニゲームも斬新さこそないが、一旦ホストガールの魅力に引きこまれてしまうとこれ以上ないものに感じられ、特にオリジナルソングを歌ってくれるカラオケモードは病みつき。リズムゲームとしてはあまり秀でた仕上がりとは言えないが、お酒を飲んだ状態ではフラフラしてしまって通常通り上手く歌えない通称“カワオケ”はあまりにあざとい。現実では一滴も飲んでいないのに眩暈すら覚えるほどである。ホストガールが酔っぱらった状態は基本的にシナリオを進行させるキーワードを引き出しやすいのだが、そんなこともどうでもいい。私は呂律も怪しい彼女たちが自分の為に歌ってくれるところが見たいのである。


ゲーム性に凝った恋愛シミュレーションは『ドリームクラブ』に限らないのは重々承知である。しかし際どい格好のホストガールがパッケージを飾り、社交場を舞台にお酒を飲みながら語らうというコミュニケーション方法を攻略の基礎としている『ドリームクラブ』は一見甘い「大人向け」でありながら、その実本当に面倒な要素を内包しながら日頃の疲れを癒すという渋みのある「大人向け」であるという他に例のないギャップが強烈なインパクトを残している。シリーズ展開される中でもこのシステムが大きく変更されていないことからも多くのユーザーを虜にしていることの裏付けと言えるのではないだろうか。

世に都合の悪いことは多かれど、そうした逆風にも立ち向かっていく少しの勇気をくれる。Xbox360というハードを代表する恋愛シミュレーションゲームと言えるだろう。

一点。学生時代にこのゲームに出会った筆者は大いにこうした光景に憧れたものだが、いざ大人になってみると実は全く飲めない体質であったことだけが悔やまれる。


『ドリームクラブ』
Xbox360 2009年

文:ハル飯田

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