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漫画の表紙絵に「対価」は支払われるべきか
漫画の表紙絵に対して、「対価」が出版社から漫画家に支払われるべきかどうかについて、議論が起きています。
この議論については、漫画業界の慣習、漫画のビジネスモデルの特殊さ、漫画をめぐる環境の激変などが複雑に絡んでいます。そのため、単純に「こちらが正しい」のように結論する前に、議論の整理が必要です。特に、次の四つの問いが重要になると思います。
①「作品は誰のものか:単行本の建前と現実」
②「出版社はなぜ支払いたくないのか:漫画のビジネスモデル」
③「漫画家はなぜ支払ってほしいのか:作家をめぐる環境の変化」
④「今後どうなっていくのか:漫画家育成のために」
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「作品は誰のものか」ー単行本の建前と現実ー
まず考えなければいけないのは、「作品」は誰のものなのか、ということです。作者か、それとも、出版社か。どちらであるかによって、表紙の「対価」が支払われるべきか否かが変わってきます。
・「作品」が作者のものである、とした場合。
この場合、表紙に対して対価が支払われるべきではありません。「作品」は、いわば作者が開発した商品であり、そのパッケージである表紙は、作者が開発して当然だからです。この場合、出版社の役割は、作者の商品を預かり販売代行を行う販売業者ということになります。
・「作品」が出版社のものである、とした場合。
この場合、表紙に対して対価が支払われるべきです。「作品」は、出版社が企画、開発する商品であり、作者はそこに労務提供者として参加している、という見方になります。この場合、表紙は出版社の要請によって作者が制作しているわけですから、労働への対価が支払われるべきです。
それぞれの場合について、解説します。
漫画業界における契約の慣例は、前者の「作品は作者のものである」となっています。作者は作品に対する著作権を有しており、出版社と契約を結び、その商品の複製・販売権を出版社に与え、代わりに印税を受け取ります。あくまで作品については、作家に権利がありますので、出版社を変更して販売することも自由です。
そのため、作品のパッケージである表紙を描いたり、作品の魅力を上げるためにオマケを描きおろしたり、販売促進のために色紙を描いたり、ということは、「作家が自分の商品をより多く販売するための自主的な営業努力」ということになります。それに対して、誰かが「対価」を支払うことはありません。自分の商品を売るためにやっていることだからです。
漫画連載について、「原稿料」があるので、漫画家は出版社の依頼によって原稿を描いている、と考えがちですが、「原稿料」は、「雑誌への掲載料」と解釈されます。言い換えれば、雑誌へ掲載されない原稿については、「原稿料=対価」は発生しません。
今回の議論の中では、森川ジョージ先生の立場(あるいは、伝統的な漫画業界の立場や、契約内容)はこちらになると思われます。
一方、今回議論となっていることからも、漫画家の実態において、「作品は作者ではなく、出版社のものになっている」と感じる方が多数あると思われます。その理由はいくつかあります。
まず、印税における漫画家の取り分が少ないことが挙げられます。慣例、印税率は10%とされており、作品の販売において、利益の大多数が出版社に入ります。ある商品の販売を行って、売り上げの1割を得る人物と、売り上げの9割を得る人物がいる場合、その商品は普通に考えて、どちらのものでしょうか?たとえ、権利上は作家にその作品の権利が属していたとしても、実質的には、出版社が利益の多くを握っている、という考えができます。
もちろん、印税率の配分が1:9であるからといって、その通りの利益が発生しているわけではありません。本を制作するコスト、印刷コスト、全国の書店への配本コストなど、出版社は多大なコストを担っています。そのため、印税率10%という配分も、作家と出版社の間で合意が取れていたのだと思います。しかし、近年その状況にも変化が生じています。例えば、電子書籍に比率が大きく寄りつつあり、従来の「印刷コスト」「配本コスト」が意味をなさなくなりつつあるのです。
また、作品の企画やコントロールに関しても、作家より出版社の意向が強いケースが増えている、ということも挙げられるでしょう。例えば、原作つきの作品のメディアミックスの場合、漫画家の役割は原作を漫画に描き起こすスタッフであり、編集部の意向に沿わない場合、切られるのは作画担当の方です。現状を踏まえれば、「作品は作家のものであり、出版社は提携者にすぎない。作家は出版社を選べる」という漫画業界の慣例は形骸化し、「作品は出版社のものであり、作家は作画担当にすぎない。出版社は作家を選べる」という状況こそが、実態ではないか…という意見にも、一定の正当性があると思います。
あるいは、間をとって、「作品は作者と出版社、両方のものである」という考え方もできます。実際、表紙のデザインなどは、出版社がデザイナーに発注を行います。作者が独自に開発した商品を委託販売しているのではなく、出版社と作者の共同で単行本という商品を開発している、と考えれば、表紙イラストや販促物の書き下ろしといった作家側の追加の労力に対して、より多くの配分が発生しても良いはずだ、という考えがありえます。
この場合、「印税率に既に含まれていると解釈する」か、「印税率を引き上げる」か、「印税率は据え置きで特別報酬を出す」か、三択になると思います。実際、表紙などに対して「対価」を支払っている出版社はありますので、契約上何も問題はない解釈だと思われます。
一方で、業界全体を見れば、表紙や販促物に対して「対価」が支払われるケースは稀だと思います。このことは、建前に反して、出版社が作家とはまったく対等ではなく、立場的に大きく優越しているがゆえに、不利な契約を作家に求めている、と考えることもできます。
以上のように、「表紙に対価が支払われるべきか否か」は、「作品は本当には誰のものなのか」に関わってきます。漫画業界の慣習では、「作家と出版社は対等であり、作品は作者のもの」ですから、表紙に対して「対価」は支払われなくともおかしくない、となります。ですが、実際には、「出版社の強い力の前で、弱い立場の作家には不利な契約が結ばされている」と考える人も多いと思います。
問題を複雑にしているのが、「弱い立場の作家」の弱さが、その作家の実力や人気によるものだ、とみなす、漫画業界の強烈な実力主義です。不利な立場の作家が窮状を訴えても、「それはあなたの作品に人気がないから」「売れる作品を描けば出版社ともっと交渉できる」「実力不足」と、成功した実力ある作家からは見なされてしまうわけです。ゆえに、今回の議論に関しても、「不満があるなら交渉すればいい」という(突き放したような)言い方が散見されました。ですが、これに関しては、「立場が弱く交渉が通らないから窮状を訴えている」わけですから、なんら解決にならない、強者の論理となっています。たとえるなら、生活が苦しいアルバイトの人に対して、「賃上げ交渉をすればいい。時給が上がらないのは、あなたの能力がないから」と突き放しているような感じでしょうか。
自分の意見を申し添えますと、「建前や慣習より、実態に基づいて判断すること」と、「強い作家より、弱い作家に基づいて判断すること」が良いのではないか、と思っています。というのも、(特に新人の)漫画家をめぐる状況は、年々厳しくなっていると思うからです。
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「出版社はなぜ支払いたくないのか」 ー漫画のビジネスモデルー
一方、なぜ、多くの出版社は、かたくなに表紙の「対価」を支払いたくないのでしょうか? 雑誌掲載時の原稿料と同等の額を、表紙イラストや販促物、おまけページに対して支払ったとしても、ヒットする漫画が生み出す利益や、それに対してかける宣伝費用に比較すれば、微々たる出費ではないでしょうか。気持ちよく仕事をしてもらって、作家のモチベーションを保つことの方が、よほど費用対効果が高いのではないでしょうか?
その答えとして、出版社は営利企業ですので、可能な限りコストを減らし、利益を最大化するものだ…というのは大前提の上で、「漫画業界のビジネスモデルと合っていない」ということがあげられるのではないか、と思います。
端的に言えば、漫画は多数の作品の中から、ごく一部のヒット作品を生み出すことで利益を得る、ギャンブル的な側面がある業界だということです。出版社の利益を支えているのは、この一部のヒット作品であり、それらに対しては、潤沢な宣伝予算がつぎ込まれ、メディアミックスが行われ、さらに利益を伸ばそうとします。一方、多数の「ヒットしない作品」は打ち切られ、また打ち切りにならないまでも、極力コストをかけないようにすることが望ましいと思われます。
単行本の表紙や販促物に対して作家に対価を支払う場合、この「ヒットしない作品」にも、一律でコストが増えていくわけです。例えば、2021年に出版された漫画の点数は13000点を超えます。これらの表紙や販促に、10万円の対価がそれぞれ支払われていたとすれば、13億円のコスト増になっていたわけです。しかも、そのコスト増は、売れているヒット作品の宣伝にコストをかける場合と異なり、なんら売り上げの伸長に寄与しません。ゆえに、出版社としては「切りたいコスト」なのは間違いないでしょう。
さらに、「表紙に対価を支払ってほしい漫画家」は、傾向としては、「ヒットしていない作品」の作家であることが多いと思われます。金銭的により困っていて、負担が大きいのは、その層の作家だからです。(もしくは、出版社との契約の慣習に対して、疑問を持つタイプの作家。) その層の作家は、出版社との力関係において不利な立場にありますから、作家が交渉を求めたとしても、出版社側は簡単にそれを断ることができるわけです。
つまり、出版社にとって、負担したくないコストであり、作家との立場上、負担を断ることが容易なコストでもあるわけです。
この点を考えると、やはり、全体としてみれば、出版社と作家の力の差は明確であり、対等な関係ではない、と考える方が自然であるように思います。一部のヒット作品を生み出すことができる作家さんが、「交渉力の問題」で片づけてしまうことは、実態からみると、強者の論理なのかな、と思います。
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「漫画家はなぜ支払ってほしいのか」 ー作家をめぐる環境の変化ー
これまで、漫画業界では、慣習として表紙には対価が払われてきませんでした。では、なぜ今、この「表紙問題」がこれだけ多くの関心を集め、議論を呼んでいるのでしょうか。
私は、漫画家をめぐる環境の複数の変化があるのだと思います。
まず、大きな要因として、「書店の減少」が挙げられます。書店が減れば、それだけ初版部数も減ります。初版部数の減少は、新人漫画家など、弱い立場の作家の印税が減り、経済的に困窮することに直結します。
さらに、「物価上昇に対して上がらない原稿料」という点も大きいでしょう。物価はどんどん上がっているのに対して、原稿料の上り幅ははるかに小さいです。また、「作画の緻密化」も、経済的に困窮する要因の一つでしょう。新人漫画家がアシスタント代で貯金を使い果たす、という話も聞きます。
これらの要因に加えて、「漫画家が増えたことによる競争の激化」が挙げられます。書店は減っているのに発売点数は増え、競争は激しくなっています。出版社は、書店のいいポジションに作品を置いてもらうために、「書店別特典を作家に書き下ろすことを要求」します。もちろん、作品を売るための営業努力なのですが、そのことが作家の負担を増やすことは間違いありません。
結果、「初版の印税は大きく減り、経済的に苦しい状況で、無償の単行本作業は増えていき、立場上に断ることもできない」ことになります。もちろん、作品がヒットして、重版を重ねて行けば、経済的な心配はなくなります。ですが、そこにたどり着ける作家はごく一部です。
つまり、「表紙など単行本の作業は印税に含まれている」という、漫画業界の慣習的な契約形態は、「単行本印税によって、新人作家であっても、単行本作業などの期間も十分食っていける」という状況下で成り立っていたものだ、と考えることができます。町のあちこちに書店があり、新刊漫画が並び、電車では多くの人が漫画を読んでいる…というような状況においてそれは成立していたのであり、昨今のように、書店は潰れ、人気漫画しか売り場に置けず、電車でも多くの人はスマホを見ている…というような状況においては、端的に作家の生活が成り立たない、ということになります。もちろん、作家の実力の問題と断ずることもできます。ですが、昨今の経済的に困窮する新人作家が、過去の新人作家に比べて、実力的に劣っていたり、努力不足である、と必ずしも言えるでしょうか? 私はそうは思いません。変わったのはやはり環境であり、それによって、従来の契約では、もはや漫画家の生活が成り立たなくなってきたのであると思います。
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「今後どうなっていくのか」 ー漫画家育成のためにー
これらのことを踏まえた上で、今後どうなっていくか、どうすればいいのかについて、私の考えを述べます。
まず、今後、表紙や販促物に対して対価を支払う出版社は増えていくと思います。漫画家さんが声を上げた、ということも理由の一つですが、それ以上に、「漫画家が本当に困窮して漫画から撤退してしまったら、将来のヒット作品も得られないから」という、出版社側のデメリットがあるからです。ですので、「期待の作家が心折れない程度に補助する」ようになるのではないでしょうか。ただし、「人気でもともと志望者が多い大手出版社」ほど、そのような心配をする必要がないので、今後も対価は支払われないままの可能性があります。志望者が勝手に生えてくるからです。
この状況は、主に出版社と漫画家の力関係によるもの、と説明してきました。ゆえに、出版社と漫画家の間の力関係が大きく変化することがあれば、待遇の改善はありうるでしょう。例えば、漫画家独力によるインディーズでの出版が成功する事例が相次ぎ、そちらが漫画の主流になれば、出版社はより良い条件で作家を誘うことになります。ですが、現状では、そのような出版社を介さない漫画の成功事例はまだそこまで多くありません。(一方で、成人向け漫画においては、そのようなインディーズ出版への移行がかなり進んでいます。)
出版社サイドから状況の改善が見込めないとすれば、漫画家サイドで改善を目指すしか、解決の道はありません。
おそらく解決策の一つは、「漫画家による業界横断的な労働組合の設立」でしょう。漫画家は個人事業主ですが、個人事業主であっても、労働組合に参加することはできます。この「漫画労組」が、加入している漫画家の利益を代表して、出版社との原稿料の賃上げ交渉や、表紙への対価を支払うことを求めるわけです。
とはいえ、漫画業界は先述の通り、強烈な実力主義社会でありますし、漫画家同士は同業のライバルでもあります。既に人気を獲得した影響力ある漫画家ほど、この「漫画労組」から得られる恩恵は小さく、連帯は難しいかもしれません。
他に、アイデアとして思い浮かぶのは、「新人漫画家を対象とした育英基金」です。成功した漫画家が、過去の困窮していた自分に対して、時間を超えて資金援助できるとしたら、やりたいと思う人は多いのではないでしょうか。この制度は、それを疑似的に行うものです。困窮する新人漫画家は、アシスタント代や単行本作業期間などに補助を得て、代わりに、原稿料や印税の一部を基金に納めます。やがてヒットして、金銭的に困らなくなると、受ける補助よりも、納める額の方が大きくなる…という仕組みです。こちらもやはり、既に人気を獲得した漫画家には恩恵がなく、むしろ負担だけがありますが、理念的には共感を得られるのではないでしょうか。
とはいえ、実際のところ、インディーズへの移行、漫画労組、漫画家育英基金、どれも実現の可能性は限りなく低いです。根本的には、やはり、作家と出版社の間での契約が変わらない限り、状況は変わらないでしょう。
この問題は表紙と対価だけの問題ではなく、全体的に、(特に新人の)作家の収入状況が悪化していることではないか、と私は思います。慣習的な契約では、単行本作業の無給期間をペイできなくなってきているのではないでしょうか。このことは、長期的には、作家だけでなく出版社側にも不利益をもたらすはずです。経済的困窮によって、単行本を出せるほどの才能の芽を摘むことになりますので。
作家をめぐる状況の変化を踏まえ、漫画の契約の形や内容も変わっていくのが良いのではないかと思います。