『海の向こうでこんなこと言われた』#7
「この席で観てあげて」
「その日なら‥」
チケットの話をしよう。
「ハーフプライスチケットブース」をご存知だろうか?
劇場街の各劇場で売れ残っている当日券情報を集めて、半額(+手数料)で売ってくれる券売所。
ニューヨークはタイムズスクエアに
ロンドンはピカデリーサーカスから歩いてすぐのレスタースクエアガーデンにある。
テントのような尖り屋根の小屋の脇にボードがあり、そこにその日扱っている演目が、ストレートプレイ・ミュージカル・オペラ・バレエなど種目別に並んでいる。
朝から行列が出来、その脇では、掲示されていない人気作品の切符を持ったダフ屋が「○○あるよ!」と叫んでいる。
芝居好きはそこに行ってお目当の切符を手に入れる。
(マチネとソワレの売り出し時刻が別なのでちょっと厄介)
但しここではS券優先販売なので、それより安い席で観たい時には各劇場のボックスオフィス(販売窓口)へ行く。
また、まずハーフボックスには出ない人気作品でも翌日以降の良い席がポロっと空いていて買えたりもする。
さてロンドン滞在のある日、
急に夜の時間が空いたので、気になっていた芝居の開演15分前に劇場窓口へ行った。
『何券がご希望?』
「チーパーザベター(安い席で)」
『了解』
‥出て来た切符を見て驚いた。
一階8列目位のど真ん中!
それで三階席の料金!
「!?」と顔を見ると、
微笑みながらウインク。
『この席で観てあげて、空いてると役者が可哀想だから』
つまりこういうこと。
どの劇場にも突然大切な客が来た時のために特別に良い席を用意してあり「もうVIPは来ないな」という時点で売り出す。
それで売れなければ空席のままというのが普通。
確かに舞台から見て最良の席が2席、4席、ボコっと空いているとガッカリする。
で、窓口のその彼は独断で(だろうと思う。或は劇場の方針?)
それをまわしてくれたのだ。
なんか胸が熱くなった。
日本で窓口の係がこれをやると間違いなくクビになるだろう。
もうひとつ。
これはだいぶ後の話だが、
ナショナルシアター(NT)の『ヒストリーボーイズ』という芝居が大当たりしていて、流石のセルマ・ホルトのオフィス(電話一本で入手困難の切符が魔法のように手に入る)でも入手出来ず諦めていた。
偶々、NTに別の作品で出演中のデズモンド・バリット(僕が英国で一番好きな俳優。彼の事はいずれ書く)を訪ね、楽屋食堂で食事中にこう訊かれた。
『[ヒストリーボーイズ]は観たか?』
「いや、観たいんだけど切符が取れないのよ」
『だろうな。(ニヤリとして)フォローミー!』
離れた席に伴われある男性に紹介された。NT全体のチケットの責任者。
デズ『彼に[ヒストリーボーイズ]を観せたいんだけど何とかならないか?』
彼『いつまでいられるの?』
僕「4日後に帰国します。ただ明日明後日は観劇の予定が入ってて‥何ならキャンセルしますけど」
彼
『そうか、3日後ね。その日ならソワレの○席の○○番が空いてるから用意しとくよ。
当日受付でピックアップして』
と‥取れた!!
NTには大中小3つの劇場があり、
彼はその席の全ての状況を把握しているらしい。
デズに言わせると『奴は歩くコンピュータなんだ』
3日後にピックアップした切符は「招待」だった。
『ヒストリーボーイズ』は超絶に面白かった。
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