映画『ミューズは溺れない』で音声ガイドを体験してきたよ
先週、シネマ・チュプキ・タバタで映画『ミューズは溺れない』(淺雄望監督)を観てきた。シネマ・チュプキ・タバタは田端駅近くにあるユニバーサルシアター。全ての作品に日本語字幕がつき音声ガイドがあるのだ。東京で一番好きな映画館で、『秒速5センチメートル』も『世界は僕らに気づかない』もここで観た。
そして今日、初めて音声ガイドを体験した。音声ガイドのことはチュプキに来るまで知らなかった。先月、チュプキでドキュメンタリー『こころの通訳者たち』を観たことで、音声ガイドを使ってみたいと思った。
『ミューズは溺れない』の主人公は美術部の高校生・朔子。絵を描くこともものを作ることも好きだが、自分に才能があるとは思わず引け目を感じているようだ。ある日、同じ部の西原が朔子の一瞬の表情を捉えた絵が入賞する。西原はほかの部員には遠巻きにされている。もう部はやめたいと言う朔子に、西原は絵のモデルになってくれないかと頼む。
映画は朔子が船をスケッチする場面から始まる。音声ガイドは朔子の名前と情景を伝えながらするすると進んでいく。主に登場人物の動作や情景を伝える(~を真っ直ぐに見つめる、雨が葉にあたる、など)。最初は日本語字幕と映像と音声ガイドで、私にはちょっと情報が多いように思ったけれど、だんだん慣れて来た。そして自分が見落としているものが多いことにも気がついた。例えば冒頭、朔子が土地区画整理事業の張り紙を見る場面がある。のちのち重要な意味を持つ場面だけれど、音声ガイドがなければ見逃していた気がする。私はけっこういい加減に観ているのかもしれないなあと思った。
そして、登場人物の動きが言葉として入ってくる。『ミューズは溺れない』では「視線」、誰かが誰かを見つめるシーンが何度もあった。「~を真っ直ぐに見つめる○○」と言葉が入ることで、視線が何度も絡み合う映画であることがよりはっきり感じられるように思った。さらに、「苦い表情」など「どんな顔をしているか」がガイドされる。普段見ているときは「こういう表情をしている」と思っても多分言葉にはしていない。だから、確かにこの顔は「苦い表情だな」という風に腑に落ちるような、不思議な感覚があった。『夢のユニバーサルシアター』*によると、音声ガイド制作ではモニター検討会を行ってガイド制作者、視覚障害当事者で話し合い、言葉を選んだり削ったりしているそうだ。そのなかであの言葉が選ばれたんだなあ、凄いなあと思う。この映画に関しては監督も関わったそうだ。
映画はというと、すごく素敵な作品だった。視線がぶつかり合い、絵を描くことは「まなざす」ことだけれど全然暴力的じゃない。自分の絵が気に入らないながらも、家中のあらゆるものをかき集めて船を造る朔子はとても生き生きしている。朔子と西原が一緒に過ごす時間があって良かったと思った。登場人物それぞれが「わかりあえない」部分を持ちながら隣にいることはできるのではないかと思った。映画館を出たあと、西原さんは高校のときの友人に似ているなと急に思い出した。美術部に入っていて、芯のある鋭い人だった。美術部の部員たちは、高校を卒業したら会わなくなるのかもしれないし、一瞬の出来事なのかもしれないけれど、その一瞬があってよかったと思う。私も友人とまったく会っていないけれど、同じタイミングで高校にいてよかったな。そんなことを思い出した。
*平塚千穂子『夢のユニバーサルシアター』読書工房、2019。チュプキのオーナー平塚さんがバリアフリーの映画上映会を始めるまでや映画館の立ち上げ、音声ガイドについて書いたもの。
シネマ・チュプキ・タバタ
『ミューズは溺れない』
監督:淺雄望
2022年