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ショートショート¦もどる願い

「この温泉、いい湯だなぁ」湯船に肩まで浸かりながら、わたしはしみじみとつぶやいた。

「そうでしょう?」

隣にいた老人が笑いながら言った。

「ここは『だろう温泉』だからね」

変わった名前だなと思いながらも、気持ちよさに身を委ねた。湯は少しとろみがあり、肌にしっとりと馴染む。

「このお湯、なにか効能があるんですか?」

「ああ、ここは『そうだろう』と思ったことが本当になる温泉なのよ」

冗談だろうと思ったが、ふと気づくと、肩こりがすっかり軽くなっている。驚いて、試しに「この温泉、若返りの効果もあるんじゃないか」と思ってみた。

すると、手のしわが心なしか薄くなっている。

「本当に叶うんですね……!」

老人はにやりと笑った。

「じゃあ、もう一度若い頃に戻れたら……」

次の瞬間、わたしは湯の中に沈んだ。

ざばぁん、と湯面が激しく揺れる。

老人は静かに目を閉じた。

「言い忘れたが、『戻りたい』は気をつけるのよ」

湯の底から、小さな赤ん坊の泣き声が聞こえた。

終—【410字】


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紫吹はる
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