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ショートショート¦ページがほどけるとき

古びた図書館の奥、誰も訪れない廊下の突き当たりに、その部屋はあった。ひんやりと冷たい空気が流れ、ガラスの扉の向こうに本が並んでいる。ここは「書庫冷凍室」。大切な本を劣化させずに保管するための場所だ。

司書の紗夜は、そっと扉を開けた。温度差で白く曇る眼鏡を指で拭いながら、中に足を踏み入れる。そこに並ぶのは、かつて誰かの心を震わせた物語たち。夢中で読まれ、語られ、愛されたはずなのに、時代の流れとともに忘れられた本たちだった。

「少しだけ、暖めてあげよう」

紗夜は、本を両手で抱え、静かに扉を閉めると、館内の暖炉のそばへ向かった。火の灯る空間は、ぬくもりに満ちていた。

ソファに腰を下ろし、そっと本を開く。

ぱらり

凍えていたインクがゆっくりと空気に馴染み、ふわりと懐かしい紙の香りが立ち上る。

静かにページが開き、そこに眠っていた物語が目を覚ます。優しい言葉が、また誰かに届くように。物語は、読まれることで生き続ける。ずっとずっと。

終-【410字】


こちらの企画に参加させて頂きました✧*。

#毎週ショートショートnote
#書庫冷凍

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紫吹はる
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