ふたり新年会
彼とふたり新年会をしてもらった。
(してもらったというのは、おごってもらったからで)
出会って3年経つけど、彼は本当に変わったなぁと思う。
出会った頃は、彼はとにかくすぐ怒っていたように感じる。
でも今は、どちらかというとちょっとした事で私のほうが怒り、彼はそれにぐっと耐えて、私が機嫌をなおすまで、言葉を選びながら対応してくれるようになった。そこまで心の広い人だとは、最初は全然感じなかった。
お金も、出会った頃は、食事代=私、ホテル代=彼、みたいな暗黙のルールがあったけど、今では私がお金を出すのは自販機のジュースくらいだ。
稼ぐ額が全然ちがうふたりなので金銭感覚も違うのかもしれないが、
1回会うごとに数万から数十万、支払ってくれていると思う。
彼がご縁を持つ人も、変わっていった。
彼の考え方、物事の受け止め方も、とても変わっていった。
私が育てたっていうのじゃなく、本当にいつのまにか自然に、気がついたら日に日に優しく、情深く、心広く、甘えさせてくれるようになってたのだ。こんなに喧嘩をしてきたのに、私としては愛想を尽かされても仕方がないと思っているのに、不思議な限りである。
バツイチの私が離婚したときの理由は、
「旦那さんはきっと一生変わらない、私の苦労もきっと一生変わらない」
って、決めてしまっていたからだ。
相手が変わるのを諦めてしまっていたからだ。
今ここにある幸せに、気づけなかったからだ。
もしかしたら、元旦那さんは今、かなり変わっているのかもしれない。
いや、かなり変わっていると思う。
前にLINEをしたときに、ちょっとした短い会話だったけど、彼にしては優しい気遣いがあったし、以前と違っていい意味で一線を引いてくれている距離感も感じた。
きっと大切に思える人と出会ってしあわせでやってくれているんだろうなぁと思っている。
すべては今ここにあるけど、
今ここは、永遠には続かない。
一瞬一瞬、見えない変化を繰り返しながら
いつのまにか、別の場所に連れて行ってくれているものだ。
先日、彼に残したどうでもいいメモが、
彼の机の引き出しにしまってあるのを見つけた。
その引き出しには、私がこれまで書いてきたどうでもいいメモや、ありがとうのお手紙や、クリスマスカードや、なんだかんだが、無造作だけど全部しまってあった。
手紙はさておき、メモなんて捨てられてて当然だと思っていたので正直驚いたけど、大切に想ってくれているんだなぁと分かる。
でもこの幸せは、永遠じゃない。
だからこそ、ありがたく、ありがたく、噛み締めていよう。