【連載ごっこ】去年イオンモールで
またここへ来てしまった。
火曜日の昼下がり。
今日も今日とて暇な私は、近所のショッピングモールのフードコートにいた。
おしゃれなカフェでパソコンを開くような財力も精神力も持ち合わせていない私は、紙コップに入った常温の水と時間が経ちすぎてぬれ煎餅のようになったたい焼きを片手に、世界一しょうもないであろう妄想をしながらただ時間がすぎるのをじっと待っていた。
海岸近くに位置するこの街の夏の日差しは殺人級だ。部屋着のままちょっとそこまで、なんてしようものなら勢い余ってあっちの世界まで行っちまいかねない。3日に1回しか外に出ない私のようなタイプや、母親に「暑いから持っていきなさい!」と差し出された水筒を鬱陶しそうに断ってしまう私の妹のようなタイプの人間は特に危険だ。すぐさま生活か性格を改めるべきだ。
しかしそんなデンジャラスに立ち向かう挑戦者たちにもひとときのオアシスが存在する。
それがここ、イオンモールだ。
例えるなら夏休みの辛い練習が終わった後にアイスを持って微笑む美人マネージャー、言い換えると主人公がラスボスにあと一突きでトドメを刺されるというところで急に現れ火事場の馬鹿力を発揮する美少女ヒロイン、もっと言うと弱っちい主人公がいじめられているところに現れ可憐にやっつけると思いきや、「あ!ゆーふぉーだ!!」と言っていじめっ子が目をそらした隙に主人公の手をとって逃げるクラスメート。逃げ切って緊張が解け、微笑み合う二人。あれ?こいつこんなに可愛かったっけ。今度は俺がこの子を守りたい。俺、強くなる!!主人公はこの日から住んでいるマンションの一階にあるボクシングジムに弟子入りするのであった……
ん?なんの話だっけ。そうだイオンだ。
つまりイオンは完璧な美少女なのである。
実際の世界では美少女で性格も良いというSSランクはめったにいないが、それに加えてイオンちゃんは顔、性格の他に万人受けするユーモアセンス、緊急事態でも焦らない勇敢さ、そしていつでも私達を包んでくれる母のような優しさも持ち合わせているのだ。
Sをいくつ足せば足りるというのか。
びっくりなのがそれが全国に700近くもいるということ。
イオンの化身が人間(女の子)となって私のもとに助けを求めてきたなら。
それはもう結婚前提のお付き合い一択だろう。
でもだめだ。いおんちゃんは私だけのものではない。ジャスコ時代から通っている古参ファンからしてみれば私なんぞガキんちょだ。
イオンちゃんに心底惚れた私は机にこぼれた餡を拭きながら周りを見渡し、五感でイオン感じてみることにした。
甘味処にゲームコーナー、ブティック、本屋、スーパー、中央広場にあるゆったりとしたソファ。
「体冷やすなよ」とタオルを差し出すマネージャーのごとく程よく効いた空調。若干カラカラになった緑の台拭きからは「お前は干からびずにまっすぐ生きろよ」と言う熱いメッセージが伝わってくる。優しい口溶けの常温の水は何リットル飲んでも無料という太っ腹だ。スーパーから漂うお惣菜の匂いは子供からお年寄りまで万人の空腹を誘う。
なんだ、ただの神じゃないか。
じゃあもう諦めるしかない。だって彼女と結婚して私は幸せになっても自分が彼女を幸せにする自信ないもん。完璧なんだもん。
どうせイオンちゃんはユニクロくんとかの方が好きだろうしさ。
不意にユニクロくんへの闘争心が湧き、着ていたユニクロTシャツに住みついているカエルを殴ってみる。ぐわあっ。。ごめんよカエル。
だってさもう無理じゃん。凹むわあ。一瞬でも結婚相手にエントリーしてた自分恥ずいわあ。イオンちゃんとユニクロくんのキスシーンを想像した私は勝手に赤面し、勝手に嫉妬した。
気持ちを落ち着かせるためしなしなになったコップに水を入れに行こうとしたとき、名案が浮かんだ。
そうだ。ボクシングジムに通おう。
美少女を守るため強くなることを誓い、トレーニングウェアを買うため早速ブティックへと向かう私であった。
【参考文献】
relax連載 せきしろ「去年ルノアールで」
えいの・はる
大学生(18)。空想と妄想が趣味。最近占いで「OLだけは向いていない」と言われる。ブレイク時期未定。夢は雑誌連載とANNをやること。