And I’ll sing once more
バスドラムばかり聞こえる洋楽を拍動として行く通学路
担任は呼び鈴を持つ 教室に入り来るとき三回鳴らす
前席の子は突っ伏して先生の靴が鳴るたびわずかにかしぐ
Pursuitと言えば展かれるパラシュートあって語学の裸地に降り立つ
長恨歌 知ったかぶりと知らんぷりを組み合わせつつ作る友達
龍角散口にするたびカラオケの記憶よみがえりくる受験期
パーティション立ててマスクを外すとき露出しているわれの黒幕
青春を積み上げたその上に立つバスケゴールに春風が来る
死んだあとに全集とか作られる人になりたい、それか樹状細胞
どの国にも囚人番号1番は居たはずなのだ 卒論を繰る
ペンギンもさえずり声を持つだろう震えを歌に変えゆくための
失恋ソング口ずさむとき血みどろの心にフィブリン足されるようだ
茫然とコピペをすれば茫然と増刷されるモネの睡蓮
もし僕が主人公ならこの空は豪雨でないといけないはずだ
ため息を集めて疾しビル風の一部となりて渋谷かけゆく
でもいつか使わなくなる通学路、メガロポリスにそっとひとすじ
ミシン目で解答用紙を切り取って便利とは他を排除すること
Preyただあきらめないでいてほしい しがみつくそのための握力
青春の気配が校舎のすみずみに染み付いていて泣きそうになる
だからまた歌をうたおう快晴の広さがすこし虚しい日には
──
青春の残骸を抱きながら、並木道をゆっくりと歩いている。どこか果てへと続いている、ポプラのアーチの右端を。ここがどのあたりなのか、僕には全く検討がつかなかった。周りには誰もいない。車道はあるのに車は走っていないし、走っていた形跡もない。ただ、燦然と光を受ける街路樹の、その配置の正しさが痛かった。街路樹とは、そういう苦しみを抱えるいきものなのだと思う。与えられた正しさの中に息づく窮屈に、僕はきっと耐えられないだろう。
さらに行くと、緩やかな登り坂になった。登った先には歩道橋があるように見える。早緑の、よく見る形の歩道橋だ。こんな場所にどうしてこんなものがあるのか、僕にはわからなかった。一歩を重ねて登っていくと、どうやら坂の途中でポプラ並木は終わっていたらしく、歩道橋の上からは広々と霞んだ空が見えた。あまり美しいとは言えない空だった。空を見るとき、人はいつもひとりである。こういう味気ない場所でなくても─例えば渋谷のスクランブル交差点であっても─、空と向き合えば、たちまち社会の部品としての僕から、一個体としての僕が遊離してゆく。その仮死のような平穏は、僕の中で大きな領域を占めていたように思う。
僕はしばらくそこから動くことができなかった。歩道橋を降りてゆく気にならなかった。この先毅然と続く一本道も、行けばまた移ろうかもしれない。それでも、もう少しだけここにいたかった。霞の空と車道の狭間で、体に覚悟が満ちるのを、ずっとずっと待っていたかった。
風が吹いた。風は歌に似ていた。どこかで聞いたことのあるような、歌に。ふと、唇から歌がこぼれた。風の歌とはすこし違ったけれど、僕の歌は風に乗って、一本道のその先へと響いていった。身体があたたかい。このあたたかさは、きっと僕だけのものなんだと、そう感じた。
歩道橋を降りて道の先を見つめると、草原がざわめいていた。たしかな一歩を踏み出す。そのときすでに、抱いていた青春の残骸は、空に吸われてしまったのか、腕から消えてなくなっていた。でも僕はそれに気付かないふりをして、春のようにうららかな空気を、腕いっぱいに抱きしめていたのである。
(The Sound of Music/Julie Andrews)
母校の卒業文集に寄せた一連です。クラスのテーマが、好きな曲の歌詞からタイトルをとる、ということだったのでthe sound of musicの最後の歌詞からもらって作りました。学校生活を詠んだ歌が多く入っています。楽しんでいただけたなら幸いです。一音乃 遥