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【恋愛小説】 恋しい彼の忘れ方⑧

「恋しい彼の忘れ方」 第8話 -純真-


この時、私は愛ちゃんを園に迎えにいく途中であった。車を運転しながら、先日のことを思い返していた。

私は、マリさんに、泣きながら「母に愛されたかった」「自分を愛したかった」と話し、そを聞いてもらって、心の中の暖かさを見出すことができた──。
これはとても大きな感覚で、私の心の中に、ふわふわの綿をギュッと入れて貰えたような、丁度いい湯加減の温泉にゆったりと浸かっているような、そんな充足感があった。
これが、お母さんに抱かれているような、安心感なんだ──。初めて、明確に捉えられた、この感覚。

「この感覚を覚えていてね。」

マリさんに言われたその言葉通り、夜寝る時や、心が揺れそうな時、あの泣きじゃくって泣きじゃくって、どんだけ!ってほど目を真っ赤に腫らした時に受け止めてもらえた、あの時の気持ちを、そのまま感じた。

「話を聞いて貰えるだけで、こんなに心が温かくなって、幸せな気持ちになるんだ。」

私は、教職員研修で、生徒とのコミュニケーションの取り方を学んだ時のことを思い出した。
「傾聴」とか、「目を見て、受容しながら話を聞く」とか、「オウム返し」とか、「座るポジショニング」とか……なんだか用語やテクニック的なのは習ったけれど、こういう"感覚"って、誰も教えてくれなかったよな。
私は、生徒たちの話を、心から聴いてあげられていたんだろうか……。心を見てあげられていたんだろうか……。
疑問が浮かんできた。

教員として、生徒たちと対峙するが、私の心のコントロールが効かず生徒を責めてしまったり、生徒の心に火を付けられなかったりした場面が、つらつらと蘇ってきた……。その記憶は、薄いグレーの巻き物を広げた様に似ていた。
テクニック学んだだけじゃ、上手くいかなかったよな……。
私のマインドが整ってなかったからだ……。
出会ってくれた皆に合わせる顔がない……。

そんな時、その巻き物に1点、光の点を見た気がした。なぜかわからないが、一瞬のうちに、初任校で出会った生徒、「海東 陸」の顔が浮かんだ。

「海東くん、元気にしてるかなあ……。」

あの頃の私は、大学卒業したてで、何も分からなくて、本当に右往左往してたなぁ。しかも、初任なのに、理科の先生が私一人で。初っ端から理科主任だったしね。その時、私を助けてくれたのが海東くんだった──。 

もしかして……連絡とれるかな?とSNSを開く。
あの時、生徒たちには私の電話番号を公表していたため、私の番号を登録していた生徒の名前が、自動登録されている場合があったのだ。

「んーと、海東?……ないなあ。じゃあ、陸かな……?──あ、あった!あった!」

なんと、奇跡的に見つけられた。アイコンが釣りしてる写真だもん、絶対そうだ!
私には確信があった。
そして、メッセージを送った。

「こんにちは。元気にしてるー?」

すると、30分程経って、返信がきた。


「お久しぶりです!どうしたんですか?
ほんとちょうど少し前に思い出してたとこだったんです……(笑)」

「びっくり!つながってるねー!
私もふと海東くんのこと思い出してさ♪
海東くんには、三國池のこととか、ハリガネムシのこととかも教えてもらったねー
初任で何もわからなかった私に、色々温かく教えてくれてありがとう!というお礼をいいたいなと思って!」

「まじですか(笑)学生の頃はほんと色々とお世話になりました。
いや自分こそ何だかんだあの田舎の学校で先生とあってめっちゃ勉強になりましたよ!」

「わー!ありがとう!
私もさ、めちゃくちゃ海東くんが心の支えだったよ。すごく愛に溢れた人だなーって感じてて、全然年下って感じしなかったな。
むしろ年上?って感じるくらい包容力あるなぁと思ってた!」

基本、学校の先生は、SNSで生徒と連絡を取ることは禁止されているが、彼はもういい大人だ。人間同士の付き合いができる。
聞けば、もう歳は25にもなり、3年前には結婚していたそう。今は、電気会社で働いているそうだ。

私は、ある提案をした。
それは、「会う」ということ。正直、私は今までの教員生活で、教え子と会ったことがなかった。それは、私自身が生徒と会う「自信」がなかったからだ。
でも、この海東くんと会った、あの中学校での思い出は、私の教員生活の中で、唯一温度を感じていた。その中でも、海東くんは特別だった。今だからいえるが、プライベートで三國池で会ったこともある。もちろん、授業で使う「シダ植物」の場所を教えて貰うためだが。

私の提案を受けて、海東くんからこう返ってきた。

「良いですよ!
変わり様に驚くかもですけど大丈夫ですか?(笑)」

「え?!変わりようって?!
金髪とか?入れ墨とか?!」  

私は急に怖くなり、どうしよう……と尻込みした。

「大丈夫ですよ。金髪、刺青はないですから(笑)ちなみに先生も可愛いまま?(笑)」

なんだそれ、とクスッと笑いながら、返事を打つ。

「えーじゃあどんな風に変わったか楽しみだ!あれから11年?だもんねー
我が子達だけは、かわいいって言ってくれるよ(笑)」

「じゃあ楽しみだ(笑)
 そういえば、何て呼べばいいですか?先生?」

「え?もう海東くんの先生じゃないから、自由に呼んでね。"神崎さん"とか、"葵さん"とか?」

「"葵さん"がしっくりきた!」


他愛もない雑談は続いた。私達は、次の日曜日に、2人の家の中間地点で、おしゃれなパンケーキのお店に行くことにした。

私が、巨大パンケーキの写真を送ると、海東くんから返事が来た。

「えぐ(笑)  
相変わらず先生は天然っぽいな(笑)」




日曜日、パンケーキ屋さんで待ち合わせ。
集合時間の14時まで、あと1分。ギリギリ間に合った〜!と思ったら、海東くんは道が混んでいてちょっと遅れるそう。
私は、白い石とレンガ、植物でデザインされた入り口を目で愛でながら、カランカランとドアを開けて中に入った。

窓側の席の奥側に座り、スマホを確認する。

「まだ来てない、っと……。」

本を読んで待つことにした。
正直、字は読んでいたが、中々頭に入ってこない。集中できていない自分に気付く。
初めての、『教え子との再開』だもんなあ……。胸が落ち着かない状態を、冷たい水を飲んで打ち消そうとした。

(どんな姿になっているんだろう!?)

(私の失敗談とか変な思い出話されたらやだな〜)

下手な心配事が過る。
でも、今日は──。
私が自分で「暗黒期」としている、産休育休に入るまでの、これまでの教員人生。若干トラウマ化しているようなこの『教員人生』に光を当ててもらえるような期待感をもっていた──。

5分位経っただろうか。私の目の前に、人影が現れた。

ライダージャケットを着た彼、海東くんが、「お久しぶりです」と少し照れた笑みを浮かべていた。 
背が高くなり、大人の雰囲気。でも、面影がある。中学生の頃の優しい笑顔はそのままだ──。

私もドギマギしながら、
「久しぶり!元気だった?」と返した。


そこからは、思い出話をしたり、成人式の話を聞いたり、パンケーキを食べたり。
聞くことの全てが新しい発見で、ワクワクしながら11年の月日をなぞった──。

「俺、いつも理科室行ってましたよね?」

「うんうん!水槽の様子とかよくみてくれたし、お掃除もがんばってくれてたし。頼もしかったよ〜。」

「アハハ、めっちゃガキンチョ!」

とても心躍る時間となった。

ふと時計の針を見ると、19時を指している。あっという間に5時間が経っていた。そろそろだね、と最後にコクンとジュースを飲んで、席を立った。

店の外に出ると、少し肌寒い。
ソメイヨシノの花びらが、駐車場の地面にまばらに撒かれていた。

海東くんのバイクを見せて貰う。オレンジ色で、なんだかロボットにトランスフォームしそうなデカい体をしていた。「乗ってみます?」と促され、お言葉に甘えて跨ってみた。
すると一気に、大学時代の恐怖──友達のバイクに乗せてもらった時、息が出来なかった事─が蘇ってきた。そしてもう一つ、生徒がバイクを乗り回し、警察沙汰になったこと……。
それ以来、バイクを見ると恐怖心が芽生えるようになっていた。

それを海東くんに話すと、アハハと笑われた。
「大丈夫ですって。今度、乗せますよ。ちゃんと掴まってれば落ちる心配もないし、息もできるし。風が気持ちいいですよ。」


バイクから降りると、海東くんは、私の車の方へ足を向けた。そして、相変わらずな車、と笑った。

「そういえば、よくあの頃の私の車の色まで覚えていたね!」

「──それほど、思い出深かったんですよ。」

「そうだったの?」

「んーと……。」

「ん?」

「葵さんは、あの頃の……初恋みたいな人でした。」

私は、驚きで目を見開いた──。

海東くんは、少し俯き加減で、照れたようにポツリポツリと語ってくれた。

「あの頃は、相手にされないと思ってたから……。 」

「俺よく、葵さんのところにいってましたよね?
それから、葵さんと、授業に使うものを取りにいったり、色々しましたよね。三國池に。
その時、車に乗せてくれたこと……覚えてます?見つかるとやばいから、このサングラスしといて、って渡されて。こんなんじゃ隠せないじゃん!って。」

「あと、俺の誕生日に、ロールケーキ買ってくれたんですよ?おめでとうって言ってくれて、本当に嬉しかったんですから!」

私は、「う……うん?」と上ずった返事をしながら、記憶の引き出しを急いで開けた。

(え?そんなことあったっけ…?)
焦る気持ちが頭の中を白くさせた。
でも、海東くんの言葉を辿ると……

「あ…だんだん思い出してきた!」

そう、記憶がだんだん蘇ってきて、
そうだった、そうだった、と自分の中の蓋が外れ、目の前に、私を中心とした思い出の景色が広がっていった。

(そうだったんだ……。)
(ありがとう……。)

彼のその可愛らしい告白に、胸の中がいっぱいになった──。
そんなに、そんなに、覚えていてくれたの──?


「じゃあ、俺行きます。」
バイクのエンジンをかけて、ヘルメットを被る彼。


私は、荷物を地面に捨て置き、もう走り出そうとする彼を、抱きしめた。
「ありがとう……。たくさん覚えていてくれて。会えて嬉しかった。」

「わ……めちゃくちゃ嬉しいです。」

「気をつけてね。」

「はい。じゃあ、また。」

そして、彼は、そのままバイクを走らせて行った──。



彼が帰りの道中に聴くといっていた、桜舞う情景の曲。
私は、車内でその曲をかけてみた。すると、私の中の心が芽吹き、私に教えようと……溢れた──。


桜の情景
幼かった彼
未熟だった教員時代の私──。

いつも感じていたあのまっすぐな眼差しは そうだったんだ……。
あの、愛に溢れた、年下だとは思えない人柄を感じていたのは、それだったんだ……。


純粋な心で、純粋な目で
ずっと応援してくれていた人がいたんだ……。


ずっとずっと、私は、私の『教員時代』を、『暗黒期』だと思っていて。

言葉選ばずに言えば、自分はクソ教師だった、子どもたちには、何も与えてあげられなかったゴミ野郎。
そんなふうにずっと思っていた。

でも思い返せば、懐いてくれていた彼もそうだし、部活でかわいがっていたあの子たちもそうだし、離任式で泣きじゃくって別れを惜しんでくれた子たちもいた。

私は、私は、何を見ていたんだろう……。
何を受け取っていたんだろう……。 
いや、受け取ろうとしていなかった。
あんなにも愛に溢れた子どもたちに囲まれていたのに……。

いたずらなあの子も、いつも問題を起こしていたあの子も、可愛かったんだ。本当は。

大切に、したかったんだ。
でも……私の力量不足で、大切にしてあげられなかった。

放棄してしまった。苦しかった。
ごめんね、ごめんね……。大好きだったよ。
ごめんね。あの頃の自分も、ごめんね……。

がんばっていたんだね。
あんなに慕ってくれる子たちがいたんだもん。

あのときできる精一杯を、私なりにがんばっていたよね。

ありがとう。


本当に、はじめて、
私の教員時代に光があたった瞬間だった──。


そして──。
私は、この彼に再会するまで、既婚者であるのにも関わらず、人を好きになってしまった──この1年と2ヶ月を思い返した。
大輝に心がときめく瞬間があるたび、自分を罵倒していた。自分を嫌いになっていった。

「恋は、きたない」
「恋をしている私は、きたない」

ずっと、ずっと、そんな風に思ってしまっていた──。


でも、今日、海東くんの
「恋をする気持ち」
「人を想う心の綺麗さ」
に触れられた──。


本当は、「恋って、素敵なこと」だったんだ……。
「人を想う心」って、こんなに綺麗だったんだ……。

心の中の宝石箱に、大切にしまっておくような。
そうやって、大事に大事にすることだったんだ……。

涙が溢れてとまらない……。

こんなにも綺麗な心が、自分に向けられていたなんて……。

わかるはずもなかった……。
自分しか見えていなかった……。


本当は、私の周りに、とっても綺麗な心が、人が、溢れていたんだ……。

私は、大好きな人たちと、過ごしていたんだ……。


私は、車の中で、子どものように泣きじゃくった。
帰ってからも。何時間も。
こんなに長く泣いたのは、
いつぶりなんだろう、ってくらいに──。
夜、泣きながら、あの"修道士"が自分と一体になった感覚がした。嗚咽を噛み締めて「ルシア!」と叫んでいた──。
ルシア……?名前?女性への想い……?
貴方も、悲しかったね……求めていたんだね……。大好きだったんだね……。
もしかして……その女性、大輝だったのかな……。
分からない、分からないけれど、そんな気がした。



なぜか、ふと
連絡を取りたくなった、彼。

繋がった縁。

彼から聞いた思い出の数々。

すべてが繋がって、

私の心の干からびた水路に、
温かな水が、柔らかく浸透し
流れていくのを感じた。

幸せ。
幸せだよ──。

出会ってくれて、
本当にありがとう──。



落ち着いた頃、海東くんにメッセージを送った。

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海東くんが、思い出や想いを語ってくれたとき、いろんなことがフラッシュバックした。 

私もずっと奥にしまってあったことに気づかせてもらったよ 。

 本当は、恋愛ってすごくきれいなものなんだって 海東くんが教えてくれた 。

 今まで、私は今の旦那さんとしか付き合ったことがないし、経験がないから 。

 自分は他の誰かを好きになっちゃいけないって思ってた。

 揺らぐ自分がいたりしたらこんな自分はだめだってずっと思ってた 。

 でも、人を想う心ってとっても素敵だよね? 

純粋な愛を届けたいって思うのってきれいだよね? 

もう、恋愛はきたない、って思わなくていいんだ、って気づかせてもらったよ。

 すごくホッとした感覚。

だから私、恋愛漫画とか好きなのかって納得したよ 。

 私は、自分の気持ちも肯定したかったんだ、って。 

 私は、 

 "こんな自分じゃだめだ"

 "恋愛はけがれ" 

"私は人を心から愛せない" 

 そんなことを思い込んで、自分を自分で愛すること、認めることがずっとできてなかったんだ。

 そしたら、昨日だよ……

 海東くんと話してるとき、心の宝物箱を一緒に開けさせてもらって、味あわせてもらって、とってもキラキラな光が降ってきた感じ。

 あんなに色々覚えててくれて想ってくれて、素敵な心を味あわせてくれて"愛"を感じた。

 だから、もう私も私をゆるす! 

私に大切なこと思い出させてくれてありがとう。 

 人が人を想うことがこんなに素敵なことなんて思わなかった 。

海東くんも自分のこと大切にしてね 。

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私は、あの時に見えたビジョンをイラストにして、メッセージに添えた。



第9話 応援


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