ミコノスタウンの少し上で
気の抜けた観光客が次々と部屋から降りてくる。
朝食は基本的にはバイキングなので世話をする必要はないけれど、メインをオムレツかパンケーキかということだけ聞きに行かないといけない。
夏のリゾートバイトのような感覚で、ヴェンシアホテルというミコノスタウンから少し上ったところにあるホテルで働き始めた。
人の顔を覚えるのが特技であることは、ホテルで働き始めてから知った自分の一面だった。
大学の友人はバケーションに行っているというのに、私だけ親に振り回されたあげくお金もないので、働く羽目になってしまった。自然と湧いてくる恨み節を、ひとには人の地獄があるんだから仕方ないと正論で抑え込みながら、「オムレツ2つ」とメモを取る。
世界中から観光客が集まっているので人と話すときは英語を使うけれど、宿泊客同士の会話は正直何を話しているのか分からない。
ただ、間違いなく働いている人は毎朝こんな景色をみることができていいねという会話がなされていることは容易に想像がつく。
自分が憧れているものでも身近になってしまうと、裏側を知ってしまうと、仕事として地味なこともやるようになると、少なからず幻滅は発生するということを知らないはずがないのに。
朝食をサーブした後に少し休憩を取ると、今度はプールサイドのバーに立つ。30分に一回程度の注文しか来ないので楽ではあるけれど、暇というものと戦うのが一番精神が消耗する。エーゲ海のサンセットはいつ見ても綺麗だけれど、やはりそれは人生で何度もないから貴重なのであろう。
陽が落ちて、労働と冷笑も終わると、私はホテルを出てミコノスタウンに降りてゆく。
強い風に押されるように海の近くまで向かうと、羽目を外せる空間が待っている。こんなにも自然を楽しむ傍ら、人工の街を強調するような楽園はやっぱりミコノスしかない。