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ギリシャ神話の話7 パンドラ


策士ゼウス

ゼウスのイライラは止まらなかった。
人々が弱り争わぬように火を取り上げたのに、プロメテウスは人間に自分だけいい恰好をしようとしたせいで、あろうことか人間に火を与えてしまったのだ。
こうなりゃもう共犯だ。人類、プロメテウスともに大きな罰を負ってもらおう。
プロメテウスにはもう『条件を達成しない限り無限に自分の内臓を鳥に食われ続ける刑』を与えたから、次は人間たちだ。
どんな罰を与えてやろうか、と思案しチラリと女神を見る。
美しい・・・。いつも目で追っちゃう女神たち。やっぱ人を狂わすなら女だな。サークルクラッシャーを送ろう。
とヘファイストスに相談する。
「というわけでオタサーぶっ壊すような人間の女性を作ってくれ」
唐突な父からの相談に目を丸くするヘファイストス。

ピーテル・パウル・ルーベンス
『ゼウスの雷を鍛えるヘーパイストス』
武器防具以外にも何でも作りまっせー

その名はパンドラ

「な、なんとかしてみるんだな」
ヘファイストスはそういうと泥をこね、誰もが見とれすれ違う人すべてが振り返るような美しい女性を作った。
目を閉じ作業代に横たわる女性を見て自信作が出来たと胸をなでおろす。
女性には『パンドラ』という名前を付け、ありとあらゆる神からの贈り物を与えた。

アテナからは服を作る能力や女性の仕事を与え、アプロディテからは男を悩ませる溢れる魅力を与えた。
「なにしてんの兄弟?」
とヘファイストスの工房にやってくると作っている女性を見やり
「へー兄弟ってこういう趣味あるんだ」
と眉をひそませた。
「ち、ち、違うんだな!これはパパ上に頼まれて!」
と顔を真っ赤にして猛抗議するヘファイストスにうんうんと頷きながら
「わかってるって兄弟。そういうことにしとこう、な!」
とヘルメスはヘファイストスの肩を叩いた。
「何もわかってない!」憤慨するヘファイストスを横目に、様々な神からの贈り物を見つめるヘルメス。
「これ俺もこの子に何かあげていいんか?」
そういうとヘルメスはパンドラに手を翳し力を放つ。
誰彼構わず吠え散らす犬のような恥知らずさと、誰彼構わず騙し自らだけが得をするような狡猾な心を与えた。
「な、な、なにあげてんだー!」
ヘファイストスの顔は驚きと怒りでさらに赤く膨れ上がった。
ヘルメスはそんなヘファイストスの様子に腹を抱え笑いながら飛び去って行った。
「・・・とりあえずもうこれでいいか」
眠るように横たわるパンドラを見つめヘファイストスは大きくため息をついた。

ジャン・ジャック・ラグレニー作
『地球上の豊かさの担い手』
羽根帽子は消える兜?ハデスから借りパクかしら

愚鈍なエピメテウス

プロメテウスにはエピメテウスという弟がいた。
かつてティタノマキアでティタン神族とオリュンポス神族が覇権を競い争った際に、ティタン神族側にエピメテウスはいたが、愚かで鈍くさいエピメテウスは頼りにされなかった。
だがそのおかげでティタノマキア後も生き残ることができ、地上の片隅で生きることを許されていた。

ある時エピメテウスは兄のプロメテウスからの兄弟間通信を受信した。
「エピメテウス!聞こえるか?」
「兄さんじゃないか、久しぶりだね今度夕飯でも一緒にどうだい?」
「エピメテウス!前にも話したが俺は山に縛られて鳥にはらわたを食われ続ける罰ゲーム中だからそれはできない」
「そうだったそうだった。鳥にご飯をあげてるなんて兄さんは鳥と仲良しなんだね」
「エピメテウス!鳥のご飯になってるのは兄さん自身だから仲良しじゃないんだ!どっちかってと鳥は嫌いだ!」
「なにさ鳥は苦手って、兄さん好き嫌いせず食べなきゃだめだよ?」
「エピメテウス!鳥に好き嫌いせず食べられてるのはお前の兄だ!」
「鳥が好き嫌いするわけないじゃないか、そうそうこの前朝一に駅前いったら昨晩飲み過ぎたんだろうねオジさんのゲロを鳥ってば美味しそうに」
「エピメテウス!そういう話しは嫌いな読者もいるから控えろと言ったじゃないか!」
「嫌いな話ってか笑い話が色々あって」
「エピメテウス!本題に入らせてくれ!ゼウスから贈り物が来ても必ず受け取り拒否で返送するんだ!いいな!」
そういうとプロメテウスとの通信は切れてしまった。
いったいなんだったんだ急に・・・とエピメテウスは受話器を置くと「ピンポーン」と呼び鈴が鳴った。

今日は宅配物の予定あったっけな?と小首を傾げながら玄関を開けると、ヘルメスが立っていた。
「ゼウスさんからお届け物ですエピメテウスさん。こちらにサインか印鑑を」
と紙を差し出してくる。
ゼウスからの届け物・・・?と何かを思い出そうとするが、とりあえずサインを書き届け物の方に目線を送る。
その届け物は見たこともない美女であり、一瞬で心を奪われた。
「じゃ確かに渡しましたんで」
とそういうとヘルメスは飛び去る。

一柱と一人が残された玄関で言葉を交わすことなく呆然と立ち尽くしていた。

エピメテウスとパンドラは結婚していた。
パンドラに一目で心奪われたエピメテウスは必死に彼女に懇願し口説き落とした。
何もわからないまま連れてこられた謎の男相手に頑なだったパンドラの心もやがて、氷が融解するようにゆっくりと溶けていった。
パンドラのポケットには常に小さな箱があった。
その箱は神々の元から送り出された際に「絶対に開けてはならぬぞ。絶対だぞ。」とゼウスに持たされたものだった。
いっそ捨ててしまおうかとも思ったが、中に何が入っているのか気になって仕方がない。
食事の支度をしているときも、服の繕いを直している時も、頭の片隅にはいつもその箱がありその度にポケットの中の小さな箱をギュッと握りしめていた。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス
『パンドラ』
俺のポケットには大きすぎらぁ

あるとき針仕事をしていた際にいつも通り箱のことを考えていると
───痛ッ
鋭い痛みがパンドラの指に走った。
針がパンドラの指に刺さったのだ。
パンドラのイライラは頂点に達していた。
「なによ!こんな箱!」
───開けてはならぬぞ
ゼウスの言葉はむしろパンドラの背を押す形となっていた。
そしてパンドラが箱を開けると黒い霧のようなものが辺りに立ち込め強い風が吹き荒れた。
箱の中からは争いの女神エリスの子供である労苦の神ポノス、忘却の神レーテ、飢餓の神リモス、悲歎の神アルゴス、殺害の神ポノス、殺人の神アンドロクタシア、紛争の神ネイコス、虚言の神プセウドス、空言の神ロゴス、口喧嘩の神アムピロギア、不法の神デュスノミア、破滅の神アテー、誓いの神ホルコスが飛び去って行った。
そして続いて夜の女神ニュクスの子供である死の神モロス、死の神ケール、死の神タナトスも解き放たれていった。
ありとあらゆる人々への厄災が地上へ解き放たれパンドラは深く嘆き後悔し絶望した。

絶望し泣いていたパンドラの視界の端に何か光るものを感じた。
ありとあらゆる災厄が入っていた小箱がまだ光っているのだ。
恐る恐る箱の中を覗くと箱にはまだ『希望』が残されていた。

ジュリオ・ボナソーネ作
『パンドラの箱を開けるエピメテウス』
愚鈍なエピメテウスが開けてしまうパターンもある

大洪水

パンドラは残された希望を胸に、もう一つの希望を得ていた。
娘のピュラーだ。
ピュラーにはパンドラ自身の深い後悔と反省を糧に、神への感謝と他者への優しさを説いた。
月日は経ちピュラーはデウカリオンという青年と結婚することとなった。
デウカリオンはパンドラの叔父であるプロメテウスの息子である。
いとこ同士の結婚となったことでパンドラもエピカリオンも大喜びだった。
プロメテウスはまだ罰ゲーム中なので結婚式には出られなかったが、電報だけは送ることにした。

その電報にはこう書かれていた。

「結婚おめでとう 末永く幸せに あと来週あたりに大洪水来るよ

それを見てデウカリオンもピュラーも驚き、大慌てで結婚式を終え洪水の対策に走る。
雨戸を締め窓には段ボールを貼り、庭に出ていたものは全て室内に運び終えた。
これで自宅は一安心と隣家のエピメテウス宅に向かう。

エピメテウスは何故か船を作っていた。

デウカリオンもピュラーもその不思議な光景に首を捻っていると呆れ顔のパンドラがやってきた。
「お母さま、これはいったい・・・」
父の奇行には慣れっこなはずだが、それでも不思議と思い問うとパンドラは
「あの人ったら洪水来るなら箱舟に乗っときゃ安心っしょ!って言うやいなや船作りだしちゃって」
大きく溜息を吐く母の姿と懸命に箱舟を作る父の姿を交互に見やると「あははっ」と小さく笑い
「お父さま、私も手伝うね」
とピュラーも船づくりを手伝いだした。
そんな二人を呆れた顔で見ていたデウカリオンとパンドラはお互いの目を交わすとやれやれと言った感じで箱舟づくりを手伝いだした。
家族の元には悲嘆する心はあっても希望だけは失っていなかった。

唐突に嵐はやってきた。
空は荒れ狂い大粒の雨が滝のように降り、泉からは水が大量に漏れだし川は氾濫した。
地上の人々は流されてしまったが、箱舟に乗った四名と近所の森に居ついていた動物たちは無事洪水を乗り越えることが出来た。

洪水で流された箱舟は山と山に間に引っかかっていたので、パンドラたちは山に降り立つことにした。
山を照らす眩しい朝日に新しい時代の幕開けを感じ、パンドラたちは無事生き残れたことを感謝する祈りを神々にささげた。

───英雄の時代はここから始まる

あとがき

自分で書いたけど『口喧嘩の神』ってめっちゃ面白い。強そう。
論破の神のが良かったかな。厄災っぽくもあるし。

あと死の神で三兄弟出てきたけど、実際にはそれぞれ役回りがちょっと違うんだけどそれ説明すると主題からそれるから余分三兄弟ってことにしてもらった。一人女神だけど。


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