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第六話 羿と戊と己と庚と辛 前編

義和様と別れた僕と羿師匠はようやく東の海が見えるところまでやってきていた。
そろそろまた暑くなってきた、ということは
「ここらへんいまた太陽たちがいそうデスね」
額の汗を袖で拭い僕はそう呟いた。
「さあ、すぐにでも探し出して人々に安らぎを!義和様への負担を軽くしてあげましょーよ!」
と僕が暑さに負けないように気合いを入れて叫ぶが、師匠は一向に同意しない。
同意しないどころかそもそも返事もない。よくよく探ってみるが気配もない。
僕が恐る恐る振り返ってみると、気配どころか姿もない。
「あれ・・・師匠?」
辺りを見回すが羿師匠の姿はない。

「アイツ、ついにばっくれやがったデスか・・・!?」
「アイツとは随分な呼ばれ方だな」
「い、羿師匠!」
ガサガサと茂みを掻き分け現れる師匠。手に持っていた瓶を僕に放ると自分はもう片方の瓶を傾け中の液体をゴクゴクと飲む。
放り投げられた瓶を受け取った僕はマジマジとその瓶を見る。中が零れないように蓋がしてある。

「せっかくお前と飲もうと取ってきたのに」
僕はポンと音を立てて蓋を開け瓶の中を覗き込む。何か不思議な音がする。これはいったい・・・。
僕が飲むのを躊躇していると師匠は一言「飲んでみ」とだけ言う。僕は恐る恐るその液体を口にする。
「うわっ」
僕は驚くと同時に瓶から口を話す。
口の中で何か音を立てて小さな爆発が起こっていた。え?毒?
「え?毒?」
「ばかたれ、弟子に毒飲ます師匠がいるか」
ありえそう・・・そう思い羿師匠をじとーっと見る。だが師匠はそんな僕の目を気にせず恐らく同じであろう液体をゴクゴクと飲んでいる。

これは一体・・・?
「こいつは炭酸水だ」
「たんさんすい?」
僕が初めて聞く言葉に疑問符をつけ羿師匠に尋ねる。毒でないなら不思議ともう一口、もう一口とワクワクが来て試してみたくなる飲み物だ。
「そこの洞窟で炭酸泉が湧いててな。瓶に汲んできて沢で冷やした。アワアワが面白い飲み物だろ?」
師匠はそこまで言うとかっくらうように瓶を逆さにし一気に飲み干した。
袖で口元を拭い「やっぱこれだわー」とその場の岩に腰掛ける。
「はーそんな不思議な飲み物があるんデスね」
「次の太陽へのお仕置きのための景気づけにはちょうど良いっしょ?」

「これどうやって出来てるんデスかね」
僕はシュワシュワと音を立てる液体をクピリクピリと少しづつ飲み、ビリリと舌の上で弾ける液体について考える。
「これはな、ある妖怪仙人が自身の妖術によってカニから生まれた泡を長年かけ地下水に溶け込ませることによって出来る。さらに呪いをかけ妖怪仙人の長年に渡った恨み、つらみ、嫉みが水に溶けだし飲んだときに舌の上でビリッとした」
「それ嘘デスよね」
ピシャっと僕が言い放った言葉に羿師匠はムグッと閉口する。
「そんな胡散臭いやばそーな水、師匠が美味しそうに飲むわけないじゃないデスか」
「・・・ばれちまったものはしょうがない。こりゃーな炭酸ガスって呼ばれる気体が溶けだしたもんだ」
やっぱりね、と僕が顔をしかめると師匠はイタズラがバレた小僧のようにベッと舌を出して説明してくれた。
「炭酸ガス。なんか強そうな名前デスね」
「強いかどうかで言うと、相手によっては最強かもしれん」
「どんな相手デスか?」
僕がそう尋ねると羿師匠は顎をしゃくって僕の後方を指した。
いったい今度はなんだろうと僕は怪訝な顔で後ろを振り返ると師匠は一言こう言った。
「太陽の四羽のお出ましだ」

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