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現代語訳 羿射九日異聞 第五話 羿と義和 前編

「そういえば師匠、ちょっと聞きたいんですけど」
堯帝と別れた僕たちは東への旅を再開しました。
山越え谷越え川渡る時に師匠が落ちて流されて、慌てて助けに行ったら僕がそのまま滝壺落ちて、その上から師匠が降ってきてとまさに大冒険が続いています。
川からあがった僕らは服を乾かすために川そばでいったん火に温まることに。
日が落ちて辺りが暗くなってくると当然のことながら太陽たちも遊び疲れたらいったん帰るんだよなと思った。
その時に浮かんだ疑問を師匠にぶつけて見ることに。
「太陽たちは帰ったらそのあとどういう流れでまた飛んでくるんデスか?」
「ちゃんと予習しとけ」
師匠が僕の頭を叩く。コツンという音が聞こえた気がする。

「そうやってすぐ頭叩くからポンポンと色々抜け落ちちゃうのかもデスよ。いいデスか、そもそも脳に衝撃を与えるとそのぶん脳細胞が死んでしまって、そして少しづつ頭の活動に支障が出ちゃうんデスよ。すなわち頭を叩けば叩くほどバカに近づいて」
「そういう高尚な理屈は専門じゃないからどうでもいいわ」
人がせっかく脳の仕組みを教えてるのに突き放されてしまった。
普段は理論派気取ってるのに、どうしてこう人からの意見には耳を貸さないのか。
とブツブツと僕が文句を垂れていると、師匠はようやく質問に答えてくれた。
「まず太陽が東の果てにある扶桑樹で目覚める。んで毎日日替わりで一羽が東から西に向かって飛んでいく。ここまでは良いよな?」
うんうんと頷く僕を見て師匠は言葉をつづける。
「んで7回の休憩をはさみ9の大陸を巡った後に西の果てまで飛んでいくわけだ。」
「そこまでは知ってます。」
そこまで言うと「口をはさむな」と言わんばかりに師匠が口をへの字に曲げる。二度瞬きをした師匠はさらに言葉を紡ぐ。
「西の果てまでいった鳥は扶桑樹に帰ってきたあと枝で一晩休む。んで次の日にまた別の太陽が飛んでいく流れだ。」
「休んでる鳥は何してるんデスか?ずっと寝てる?」
「いや、次の日は羽を休め、扶桑樹の根元の泉で体を洗ってあげるのよ」
「洗うって・・・誰が?」
その僕が挙げた疑問に羿師匠は目線を上げ林の奥の暗闇を見つめこう言った。
「義和だ」
「義和?」
「久しぶりじゃねぇか、こんなとこまで何しに来た?」

そこまで師匠が言うと僕はようやく気付き師匠と同じく目線を林の奥に移す。
暗がりをかき分けるようにボーっとした淡い光が滲んでいく。
光の元から闇夜に溶け込むように濡れたような漆黒の髪をした女性が現れた。
赤く紅を引いた口元には物憂げな微笑をたたえ、長い髪を揺らしながらゆっくりゆっくりと近づいてくる。
ゴクリと僕は身構えいつ争いになってもいいように手元の岩に立て掛けた矛を掴めるよう、ジリジリと位置を合わせる。
もう一度唾を飲み込む。唾をのむ大きな音が相手にも届いた気がした。
緊張と警戒がなるたけ悟られないよう呼吸を浅めに取る。
そのとき女性は大きく動いた。
女性はパッと顔を上げ満面の笑みでこう言った。
「羿ちゃん久しぶりー!!!!」
その明るい笑顔に一瞬たじろぎ、続いて師匠を”羿ちゃん”と呼ぶことに驚く。
「師匠・・・お知合いですか?」
女性から目線を外し師匠の方に視線を戻すと師匠は耳の上あたりを掻きながらあっけらかんと言い放った。
「姉弟子だ」

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