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現代語訳 羿射九日異聞 第四話 羿と堯帝 後編

何度目であろうか、大きめなため息を僕が吐いていると隣に座ったおじさんが僕に話しかけてきた。
「坊や、そんな辛いことがあるなら何か飲み物でも飲むといい。私がご馳走しよう」
そういって果実水を店員に注文してくれる。
この店で飲んでいる人の中でもなかなか小奇麗な服の品の良いオジサンだなと思いながらも、「タダより高い物はない」の師匠の教えを思い出し慌てて
「いえいえそんなご馳走になるなんて!お気遣いありがとうございます」
と一応お断りをしておく。果実水飲みたかったけど。
「ほう、凄く丁寧な言葉遣いであるな。このへんの偉い方の子女かい?」
「そんな滅相もないデス。言葉や仕草は師匠に習いました。ねっ羿師匠!」
そういって羿師匠の方を見やると、師匠は桃酒のグラスを片手に「おいすー♪」と挨拶をかける。
まったくもう少し品のある挨拶は出来ないものかと憤慨してたが、目の前に果実水が届いたのでオジサンの方を一度見る。オジサンは「どうぞどうぞ」と優しく頷いてくれるので有難くいただく。
うん、おいしい。ちょっとぬるいけど。
オジサンは喜んで果実水を飲む僕から羿師匠の方に目線を移し
「あなたがこの子のお師匠様か。なかなかどうして大した人物のようだ」
「いやいやそんな大した人じゃないよ。ただの流れ者の狩人だよ」
「ほう、狩人。なるほどその弓で得物を取るのか」
オジサンは師匠がテーブルに立て掛けた弓を一瞥するとふむふむと頷く。
「どうだい?最近は太陽が荒れているせいか中々に森の得物は取れないと聞くが・・・」
「そうだね、暑いからか鳥の数が減ってね、矢の羽根を取るのが大変になったかな」
と師匠は返した。
矢羽根なんて天界には腐るほどあるのにどこでそんな知識を得たのか。相変わらず謎の多い師匠だ。
「なるほど鳥ね。他にはどうだね?」
「そうだな。山の獣が日照りで山の恵みが減ったからか人里に降りてきて農家が嘆いてたよ」
「ほうほうなるほど。それは大変だ。」
「追い払うにも矢弾がないしな。どうにかならんかねー」
師匠は他人事のように言うと、持っていたグラスを一気に呷り飲み干すとコンッと乾いた音を鳴らしながらテーブルへと空のグラスを置いた。
「さてそろそろ行くか。逢蒙準備しとけ」
そういうと師匠は席を立ちあがる。慌てて僕も果実水を飲み干しオジサンへと「ごちそうさま」と一礼する。
「支払いは持ってくれるのか?」
眉を吊り上げながら図々しくも師匠がオジサンへ投げかけると、オジサンは笑顔のままコクリと頷いた。
「ごちそーさんでした」
そう言いながら入り口へと向かっていく師匠。僕はもう一度オジサンに「ご馳走様でした」と小さく伝えながらお辞儀をし、慌てて師匠を追いかける。
「・・・頼んだよ」
オジサンからそう聞こえた気がしたので振り向いて見るが、オジサンは変わらず笑顔のままで手を軽く振っている。
気のせいかな?と思い「待ってくださいよー」と師匠に向かって投げかけつつ酒場を後にした。

「さてーじゃあ次の目的地いくかー」
そういう師匠。ついにボケたのか?と焦る。
「ついにボケたのデスか?」
「心の声そのままに出すんじゃない」
ゴチンと師匠の軽いゲンコツをもらう。ボケたわけじゃなかったのか。
「あれ?この国の王様に会うって言ってませんでしたっけ?」
「もう会った」
「え?いつ・・・?」
「下からの意見に飢えてるって話は本当だったみたいだな。トップ自らボトムアップが徹底してるのは良い治世の証拠だ」
下からの意見ってことは
「あのオジサンが王様!?」
「気付くのが遅い」
羿師匠は呆れたのか小首を傾げながら眉間に軽く皺をよせ鼻からフーっと息を吐く。
確かに身綺麗だったけど、ゴッツイ王冠被ってたりキンキラなマントしてたり王様っぽい要素なかったよなと思いながら僕はうーんと腕を組み首を傾げる。
「話し方、意志のある目力の強さ、酒場の中でも常に絶えず目線を走らせる腕利きの護衛が三人、気づく奴にはすぐ分かる」
「え、護衛・・・?そんな人いました?」
「飲み物飲むときの動きだけでマントの下でカチャカチャ金属音してたろ。ありゃちゃんとした鎧着こんでんだ。」
あの酒場の喧騒の中でその音を聞き分ける師匠に驚く。人間ソナー、いや仙人ソナーとでも言うべき能力。
「なるほど、だからお金持ちの王様にご馳走してもらってたってわけデスね!」
「いや、よく考えたら路銀が何もなかった。奢ってくれて助かったわ」
「え゛っ!?食い逃げする気だったんですか」
「大事の前の小事。私には崇高な使命があるからな」
ハッハッハと景気よく笑う師匠。
その背中を見る僕の心境はなかなかに複雑なものだった。
「軽犯罪者の一味にならなくて良かった・・・」
少しでもポジティブに考えないとやってられんと思いパチンパチンと自身の頬を叩き気合いを入れ直し僕と師匠の旅は続く。

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