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現代語訳 羿射九日異聞 第四話 羿と堯帝 前編
「はーここが嵩山・・・」
見上げればジャギジャギの山肌をした岳がそびえている。思えば遠くへ来たもんだと物思いに耽ながら、羿師匠から貰ったべっ甲飴をかじる。
「ここに何か用でもあるんデスか?」
そう僕が師匠に問いかけると羿師匠も僕と同じように自作のべっ甲飴を齧りながら、ジャギジャギの山肌を何を考えてるのかわからない表情でぼやーっと眺めている。
いつも通り何考えてるのか分からない。もしかしたら何も考えてないのかもしれない。
そういえばぼーっとして見える時ってのは実は脳がフル回転して処理をしてるせいでその他の処理が行われないから、周りからは何も考えてないように見える。って話を聞いたことがある。
もしかしたら羿師匠はその口なんじゃ・・・そんなことを僕が考えていると、師匠はべっ甲飴を口で咥えながらゴソゴソと手元で何かしだした。
一体全体何してんだ?と僕がのぞき込もうとすると、師匠はおもむろに立ち上がり両手を広げ
「かーんせーい!!!」
と叫んだ。
山々の間でその叫びに似た喜びの声がこだまし、ジャギジャギの山間を抜けるように轟いている。
一体全体何が完成したんだ?と改めて羿師匠の足元を見ると、驚異的なバランスで成り立つ見事なロックバランシングが出来上がっていた。
「どうよパンメンちゃん?凄くない?凄くない?」
ドヤ顔で寄ってくる師匠に呆れつつ「ていっ」と足蹴にし師匠が積んだ造形物を蹴っ飛ばす。
石は音を立てて崩れ崖下に転がっていく。
師匠は驚愕の顔を浮かべゆるんで開いた口から食べかけのべっ甲飴がペトリと地面に落ちた。
「僕の話を無視しないでください!」
至極真っ当な文句を言う僕にふくれっ面で返す師匠。
あんた何歳だと思ってるんですか、と言いたくなるがグッとこらえ
「ほら早く行きますよ目的地があるんでしょ?」
と羿師匠のケツも足蹴にする。
「厳しい弟子だねー」
やれやれと言った具合に師匠は嵩山を背に歩き出す。
師匠の後を追う僕の背中の向こうで師匠の間抜けな声がまだ響き渡っていた。
「目的地はこの街デスか?」
「まーそうだ。一応依頼主に会わんとな」
依頼主・・・?って玉皇大帝じゃなくて?
羿師匠の言う”依頼主”が誰か分からず僕は頭を捻る。
言葉足らずな師匠の言はいつものことだけど、その”依頼主”がこの街にいるってことなのかな?
いつまでも唸り続ける僕を見かねてか羿師匠は
「もともとの依頼主はこの国の王様だ」
と言い唸る僕の頭をポンと叩いたかと思うとスタスタと歩き出していく。
「王様・・・?」
王様って人間の世界ではそこそこ偉いんだろうから、そんな気軽に会えるものなのだろうか?またなにか会える策でもあるの?と思考を走らせるが何も思いつかない。
とりあえずは
「置いてかないでくださいよ師匠!」
と言うだけ言って先を行く羿師匠の後をついて行くことしか今は出来なかった。
「でなんで居酒屋に入ってるんですか?」
暑さが少し和らいだとはいえ、まだまだ暑いのに耐えられないと喉を潤したい人で賑わう酒場。
席に着くなり「桃酒、大で」と店員に告げる師匠にまたも質問を投げる。
その質問にはすぐ答えず届けられた陶器のグラスに目を輝かせ一気に口元へ呷る羿師匠。
それを一気に飲み干すと再び「おかわり、同じく大で」と告げると僕の方に向き直り
「こう暑いと喉が渇くっしょ?良い景色も見れたし、大きい街だし。まずはしっかりと英気を養う。これが長旅の基本だぞ」
と言い放つ。「えぇー?」と僕が疑問符を挟むが羿師匠は意に介さず、届けられた桃酒をまた一気に飲み干しおかわりを店員に求める。
「二羽追っ払ったからって、まだまだ太陽は多いんデスよ?そんなに飲みまくって大丈夫なんデスか?」
「下戸のお前にゃ分からんと思うが、地上の酒は天界の酒より薄い。これで酔う仙人はおらんだろうよ」
と言うその呂律は少し怪しい。酔ってる人ほど「俺酔ってないよ」と言うのは天界ではお馴染みの光景だし、これは師匠もちょっと怪しい。
訝し気な僕の目に気付いたのか気付かないフリをしてるのか、チラリと横目で僕を見やるがすぐさま手元のグラスに目を戻した。
ぐぬぬ”依頼人に会う”という目的が決まってるのに遅遅として進ませない、羿師匠はたまに・・・いや、けっこう?そこそこ?しょっちゅう?ひんぱんに?うん、これだ頻繁にある。
それとももっと心にゆとりを持てと言う師匠からの教えなのであろうか?もしそうであるなら、僕のいつもせかせかと予定を順にこなそうという姿勢が師の教えに背くということになっています。
師匠ホントのところはどうなんですか?と師匠に向ける。
「♪~」
鼻歌混じりに楽しそうに飲む様にそんな優雅な心は微塵も感じられない。つまり気のせいってことか。