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第六話 羿と戊と己と庚と辛 後編

戊(つちのえ)と己(つちのと)と庚(かのえ)と辛(かのと)。
10羽の太陽の鳥たちの名前だ。
複数の鳥の羽音が辺りを包み彼らは僕らの前に降り立った。
彼らが降り立った途端熱気が辺りを覆う。
暑いというより熱い。道士である僕でもジリジリと肌が焼けるのを感じる。
ゴクリと飲み込む唾もうっすら感じる喉の渇きを潤すほどではなく、ただ僕にだけ聞こえる音量どころではなく鳥たちにも届くほどの音が出ている気さえしてくる。

圧倒的な威圧感。
熱だけではない何か呼吸がしにくくなるような重さを感じる。
彼ら一羽一羽ですら僕どころか師匠よりも強い意力があるのであろう。
こんな気圧された状態で僕には何が、師匠にも何が出来るんだ。
それとも羿師匠ならいつものようにのほほんと打開策を打ち立ててくれるのだろうか?
いやきっと師匠なら、師匠ならこんな息詰まる状態でも気にせず相対してくれてるに違いない。
一縷の望みをかけチラリと横目で師匠を見る。

「師匠・・・なにやってんデスか?」
見れば師匠はホットサンドメーカーを取り出し、何かを焼いている?え、なんで?
過酷な旅、地上を救うための重い責任、姉弟子からの叱咤と期待、そして襲い来る太陽たちからの威圧四重奏・・・そんな様々な重圧を感じつづけたせいでここにきてついに師匠はバグってしまったのだろうか。
敵が眼前に迫っていようが、それがさも当然の日常の中であるように鼻歌混じりに呑気にパンを焼いている。
「師匠、敵デスよ!太陽が来てますよ!」
僕がそう言うと、師匠はムッとした顔で僕をにらむ。食事を邪魔するなと言いたいのだろうか。
「”お出ましだ”って言ったの俺だろうが。来てることは分かってる、だがな」
師匠はそこまで言うとホットサンドメーカーから焼きたてのサンドイッチを「アチアチ」と言いながら取り出す。
出来立てのホットサンドを二つに分けそのうちの一つを自ら口に入れる。
「まずは腹ごしらえだ。お一つどうだ、太陽の皆様」
そう言って二つに割ったもう一つを太陽たちに差し出す。

羿師匠のとる不可解な行動に太陽たちは互いに互いを見合す。
そのうちの一人が師匠の前に歩いてくると、師匠の差し出したホットサンドを叩き落とす。
「その手に乗るか!この卑怯者め!!」
叩き落とされたサンドを見つめる師匠。その顔色は僕の位置からは窺い知ることは出来ないが、もしかして怒ってる・・・?
「誰だ、お前は?」
「僕の名は辛(かのと)!お前が羿だな!お前が卑怯な手で僕の兄弟を追い込んだことは知っているぞ!」
「そうだそうだ!」「卑怯者め!」「・・・」「この盆暗が」
「やかましいっっ!ピーチクパーチクと鳴きわめきやがって!この地面に倒れ伏したアボカドサンドさんに謝れ!!」
ギャアギャアとわめく鳥たちに師匠も負けじとわめき返す。
よかった怒ってなかった。いやこれは怒ってるのか?
「どうせそのパンにも僕らの兄弟を苦しめたように、毒でも入ってるんだろ!?」
「そうだそうだ!」「卑怯者め!」「・・・」「愚か者よ」
「ぐっ・・・!何故わかった!?」
師匠、また同じ作戦で行こうとしたんですか・・・
「さすがに無理があるッス・・・ついこないだのことだからあちらさんも覚えてますよ」
「羽生えてる鳥だから、三歩歩いたら忘れてるかと思って・・・」
師匠は苦々しそうに顔を顰めたあと、手に持ったホットサンドのかけらを口に入れモグモグしてる。
こんな一触即発の状況でまだ何か食べられるって逆に凄いな、と感心した。
「僕らをあまり馬鹿にするなよ!」
「そうだそうだ!」「卑怯者め!」「・・・」「貴様の心の臓を喰らってやるわ」
またギャアギャアと騒ぐ鳥たちを尻目に師匠は耳をふさぎ「あーあーきこえなーい」と聞こえていないふりをしている。
もはや子供の喧嘩じゃないか、というかさっきから一人大魔王みたいなセリフの鳥いるな。

「もうこんなやつの言うことを聞く必要はない!みんな一気に襲っちゃえー!」
辛がそう言うと鳥たちは互いに目配せしコクリと頷き合った。
一斉に飛び上がり木の枝に飛び移ると、僕らの方へ今にも飛び掛かりそうに狙いを定める。
「羿師匠!どうしますか!?」
僕がそう聞くと師匠は振り返り僕の方を見てコクンと頷く。
「よし、いったん退却!」
そう言うや否や僕を置いて一目散に森の中に逃げ込んでいった。
「師匠!置いてかないでください!!」
慌てて僕も師匠の後を追い、森へ入って行った。

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