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現代語訳 羿射九日異聞 第五話 羿と義和 後編
義和(しーふー)と呼ばれた女性はそのまま僕らの近くに腰掛けた。
その名を聞いて思い出した。太陽たちの育ての親の名前が義和だ。
師匠の姉弟子ということは玉皇大帝の弟子ということか。
この人も仙人、あるいは神なのだろうか?疑問は尽きないが僕はただ二人の邪魔にならないように師匠の傍らでじっとするしかないのだろうか。
「羿ちゃんも弟子を取るようになったかぁ」
邪魔にならないようにじっとしようと思った矢先、義和様は僕の方を見てニコッと笑顔を向ける。
「羿ちゃんの姉弟子の義和です。よろしくねっ」
「羿師匠の弟子の逢蒙デスっ!こちらこそ義和様にお目にかかれて光栄デス!」
なるたけ失礼の内容に答えたが、義和様はむっとした顔になり自身の膝の上に肘をつき頬杖をついた。
「”義和様”なんて他人行儀な呼び方しなくていいわよぅ。羿ちゃんの小さい頃みたいに”義和ねえちゃん”って呼んでくれれば」
そういいケラケラと笑う義和様の言葉に羿師匠は困ったように大きく溜息を吐く。
「はぁぁ・・・義和、何か用事があったんだろ?」
「あれま、さすがに数百年ぶりに会ったらすっかり可愛げがなくなっちゃって。前も言ったけどそうやってお話の結論急ぐオトコはモテないぞ~」
「あーん?何を言う。俺はモテてモテてしょうがないから。こないだも売店のおばちゃんい『あらいい男、私が500年若ければねぇ』って言われたし」
「師匠、たぶんそれは社交辞令デス・・・」
「なにィ!?」
「羿ちゃんが全然変わってなくて安心だ」
僕と義和様がカラカラと笑うと師匠はバツが悪いのを誤魔化すためか、手元のお茶をぐいーっと一気に飲む。
「んで、用事は?」
口元を袖で拭い再度羿師匠は義和様に問いかける。
「もー聞いてよ羿ちゃん!」
義和様は身を乗り出して矢継ぎ早に機関銃のように愚痴をつづけた。
「ほら修行を終えた後の私って太陽の世話人引き継いだじゃない?それは全然望んでた業種じゃないからイマイチ乗り切れてなかったんだけど、まあでも就職ってそんなもんかってなんとか納得してね、日々の扶桑樹の世話と兼任して太陽たちの世話もやってたのよ。でもねまーあの子たちもヤンチャ盛りじゃない。それが一度に10羽もってなったら手が足りないのよ、全然。あっちへ飛んでこっちへ飛んで、やれこのご飯は美味しくないだの、中には神経質な子もいて埃が隅に残ってるだの、シャンプーが変わるとフケが出やすくなるからいつもの買いに行ってこいだのと、思春期の娘か!ってな具合にね。」
怒涛の勢いで語りだす義和様に僕が唖然としていると、「はじまったか・・・」と師匠はボソリと呟く。いや始めさせたの師匠ですやん、と僕は心の中で呆れる。
「それでね世話って言っても衣食住の手配だけじゃなくて、ブラッシングとか背中洗ったりとか細々としたのもあってね、私これやるために長い仙人修行したんだっけ?って毎度毎度思いながら働いてたのよ。でもね私が投げだしたら困っちゃう人もたくさんでてくるし、業務内容考えたらブラックとはいえ三食昼寝付きだし、なんとか頑張りますかーって思ってたのよ。そしたら今回のワガママよ。」
ようやく本題か、と師匠が顔を上げる。
「『いつもバラバラだから今日からはみんなで遊びに行こうぜ!』なんて言って一斉に飛び立っちゃって碌に帰ってきもしない。玉皇大帝から仰せつかった役目なのに放り投げてくなんて、やっぱり子供には難しい使命だったなぁ」
そこまで言うと義和様は大きく息を吐いた。
溜まっていた愚痴と共に吐き出された呼気は義和様が放つ淡い光に混じり消えていく。
「つまり今回のことは義和の差し金じゃないってことか」
「私のせいって思ってたの?ひどーぃ、何遍注意しても碌に言うこと聞かなくて困ってる側なのに」
「いやそれが確認出来るなら、待ってた甲斐があったってもんだ」
義和様は羿師匠の言葉に首を捻り腕を組む。
「え、逢蒙ちゃん待ってたってどういうこと?」
「いや私にもチンプンカンプンで」
「羿ちゃんって前から「俺は全部分かってるぜ(キリッ)」みたいなこと言うよね。」
「キリッは言ってないだろ」
「それで壬と癸が腹痛で帰ってきたんだけど多分羿ちゃんでしょ。ホント助かったーありがと」
満面の笑みを浮かべ義和様は心の底からの謝意を師匠に伝えた。
つまり義和様は自分の言うことを碌に聞かない手のかかる太陽たちに、お灸を据えた羿師匠にお礼を言いに来たということでした。
「なんだぁ復讐に来たとかだったらどうしようかとハラハラしてました!」
「復讐だなんてそんなわけないじゃない。羿ちゃんには昔からほんとーーーーに世話になってるから、感謝を言いこそすれ悪意を与えようだなんてとてもとても」
「俺の方が圧倒的に優秀だったしな」
「あ、そういうこと言う?この子ったら昔から皮肉ばーっかで、でもね優しい所もあって」
「言わんでいいわ!」
弟子の前で昔を語られるのはいくら羿師匠でも照れるのか、今度別口で会ったときにでも是非聞いてみよう。
「そういうことでありがとうってことと、他の太陽たちにもキツーイ愛の鞭をよろしくねってことだけ伝えたかったんだー」
そこまで言うと義和様は立ち上がり歩き出す。
「羿ちゃん、それと逢蒙ちゃんもヨロシクねー」
バイバーイと言いながら淡く光を放った義和様は淡い光が周囲の闇に溶けるように霧散していった。
僕はうなだれる師匠に向かって新しいお茶をグラスに注ぎつつ
「なんだか嵐のような方でしたね」
とだけ言う。
残りの太陽は8羽。まだまだ旅は長くなりそうだ。