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初恋のあの子


高校生になったら
大きな図書館のある学校へ行くことが
私の小さな頃のささやかな目標だった。
本を読むことは小さな頃から大好きで、
絵本を読んでもらったりする機会は
とても多かったと思う。
漢字が読める年頃になると
気になっていた小説へ手を出すことが出来た。

本の世界は良い。
現実世界では難しいことも
本の世界ではなんでも叶えることができる。
小さなあの中に、
とてつもない夢が詰まっていたり、
時には悲しく辛いことや
怖いと思う事もあるけれど
そんな私の気持ちをグイグイと引っ張って
どこまでも連れて行ってくれる
本は親友であり、大先輩なのだ。


私の通学は、
朝7時、花笠駅のホームから始まる。
太陽は駅のホームを明るくキラキラと照らす
小さく響く鳥の声を聞きながら
ベンチに座って電車が来るまで本を読む
学校までは電車で30分。
混雑した電車が苦手なので
いつも空いているこの時間を選ぶ

本を読んでいるとあっという間に時間が過ぎ、
駅のホームに到着のベルが鳴り響く
読んでいた本を鞄に入れて立ち上がり、
電車に乗った。

いつも決まって端の方の席に座る
電車の端って、何故か凄く落ち着く。
景色が流れていくのを見ながら過ごしていると
次の駅【柳瀬】に止まった。

いつも必ずこの時間の電車に乗ってくる
同じ学校の子がいる。
茶髪かかったゆるいパーマが
生ぬるい夏の風にふわふわと揺れている。
目はキリッとしていて
顔はお人形さんのように小さく
制服の袖から伸びる細くスラッとした腕
まるで、モデルさんだ。

いつも、その子も決まって私の真正面に座り
鞄から本を出して読み始める

(あ、あの本、
私が前に読んでいたのと同じだ・・)

そんなことを思って見ていると
パチッと透き通る瞳と目が合う

私はハッとして、軽く会釈をしてから
読みかけの本に視線を戻す

ガタンゴトンと鳴る電車の音よりも
自分の心臓の音が大きく聞こえる。
さすがに、見過ぎてしまったかな、と
そっと視線をあの子へ向けると
気にしている様子はない。
(良かった・・。)
私はホッとしてまた本の続きを読み始めた。

「次は〜浦霞〜浦霞〜・・」
高校がある浦霞駅に到着する
電車を降りると後ろの方から声が聞こえる。

「るい〜!!!!!おっはよ〜!!!」
あまりにも大きな声だったので、
身体がビクッとした後、振り返る
すると、先程前に座っていたあの子の元へ
1人の女の子が駆けてくるのが見えた。
「旭、声大きいって・・」
「いいじゃん、いいじゃん!!
朝から元気があるなんていい事よ!
っていうか、何?
本なんて読んでるの?珍しい〜・・」
「・・いいじゃん、別に。」
そんな話をしながら私の横を通り抜けていく

あの子の名前、【るいくん】って言うんだ・・
それに、彼女さんかな?
旭、と呼ばれていた女の子は
鎖骨まで伸びた綺麗な茶髪に
目はクリクリでぱっちり二重のアイドルみたいで
身長は少し小さめで小柄な子だ。

私も、あの子とお話ししてみたいな。
何度も出会っているのに
何度も話しかけようと思っているのに
なかなか行動には移せない
あの子と話せるようになるなんて
夢のまた夢なんだろうな。
そんなことを考えながら学校へ向かった。

教室へ着く前に図書館に寄るのが
いつもの日課なので
職員室で鍵を受け取り、図書館の扉を開けた。
ズラーッと並ぶ本に向かって
天井にある大きな天窓から陽が差している。
現実の世界じゃないようなこの空間は
私の毎日の1番の楽しみだ
本の匂いがフワッと香ってくる
幸せな心地を感じながらカウンターへと向かう
少し古びた椅子に腰掛けると
はあ。というため息が出る
この大きな図書館がある高校は
都内ではここだけだった。
学校説明会に来た時に、
絶対にここへ入学するんだ。と
強く思ったことを思い出す
今、こうやってここに座れていることは
当たり前ではない。
朝の誰もいない図書館、私だけの図書館。
幸せな時間に浸っていると、扉の方から音がした

カタンッ

パッと扉の方を見ると
【るい】と呼ばれていたあの子が立っていた

「あ・・」
「・・図書委員さん?おはよう。」

そう言ってカウンターの方へ近寄って来る
電車での距離でしか見たことがなかった子が
スッと私の前の席に座る。

「この時間はここにいるんだね。」
彼は、私の顔を覗きながら確かめる様に話す。
「う、うん。えっと・・」
「るい、でいいよ。」
「るい・・さん?」
「呼び捨てでいいよ、ね、ハルちゃん。」
「!?」
思わず変な声が出る
「なんで私の名前を知ってるの・・?」
「やっぱりそうだ。
図書委員会の新聞で見たんだよ
作倉春、これ、ハルちゃんでしょ?」

正直誰も見ていないと思っていた。
図書委員会での集まりで
毎月小さな新聞を出していて、
オススメの本を紹介している。
いつも廊下の端っこに
ひっそりと張り出していたのを
るいは気付いてくれていたんだ。

「誰も見ていないと思ってた、新聞なんて。」
私がそう告げると
るいは、微笑みながら私にこう言った
「なんで?いつも一生懸命書いてるんでしょ。
私、そういう姿ずっと可愛いと思ってたんだ」

・・・私?
「あっ。ごめんなさい。」
突然でた私の言葉にるいは一瞬驚いた顔をする
「るいさんのこと、
ずっと男の子だと思っていたの・・」
私の突拍子もない発言に、るいは笑い出す

「平気、平気。よく間違えられるんだよね
るいって漢字はこう書くの。」

そう言ってペンを取り出すと
お手本の様な綺麗な字で
【永島流唯】と書いてくれた

「わあ・・綺麗な名前だね・・」
「ほんと?ありがと。」
流唯は、はにかむように笑う。

「私、ずっと話してみたいと思ってたの。
いつも同じ電車で、同じ時刻に
柳瀬駅から乗って来るでしょう?
いつも決まって私の真正面に座って
本を読んでいる姿を見て、いつか、いつか
話しかけよう。って思ってたんだけど
なかなか行動に移しづらくって・・。
でも、流唯さんが今日来てくれたおかげで
こうやって話すことができて、嬉しい。」
そういうと私は、ハッとする。

「ごめん、急にこんなたくさん話して・・」
「いいんだよ。」
流唯は私の手に優しく触れてから続けた
「私も、ずっと話してみたいって
毎日、毎日そう思ってた。
あの新聞を書く素敵な女の子は
どんな子なんだろうって
ずっと気になってたんだよ。」

そう言って私の目をジッと見つめる
流唯の瞳はうっすらと茶色がかった
綺麗な色をしていて、
見つめられると逸らせなくなる。

「そんなに見ないで・・」
私の顔が熱くなるのが分かる
心臓も飛び出てしまいそうな程、ドキドキする。

「・・もっと可愛い顔、見せてよ」
そう言って流唯は顔を近付けてくる。
視線を逸らそうとしても、
流唯の真っ直ぐな瞳が私を離さない。
ジッとお互いを見つめたまま、
時間が止まったような感覚になる

「ずっと、話したかったんだ。私さ、」
そう言うと流唯はこちら側に
身体を乗り出してきて私の髪に優しく触れる
細くて、でもしっかりとした指で
緊張しているのがバレてしまいそうだった

「本読むのとか、結構苦手でさ。
何が面白いのかなって思ってたんだけど
ハルちゃんが書いた新聞をフラッと見つけて、
ちょっと読んでみようかな。って思って、
そしたら、それがすっごく良くて。
こんなに素敵なことを見つけられる子が
この学校に居るんだって思ったら
どうしても会いたかったんだよね」

そう言うと静かに席を立って
私の横へと腰掛ける

「そうしたら、この前友達が教えてくれんだよ
ハルちゃんのこと。」

そう言って机に頬杖をつきながら続ける

「朝早く花笠駅から乗ってきて
2両目の端の席に座る子だって。
でも、電車降りるといつもどこか行ってるみたいで教室にはなかなか戻って来ないって言ってたから、もしかしたらと思って
図書館きたら、当たり。」
流唯はニコッと笑う

(私のこと、気になってくれてたんだ・・)
私もずっと気になっていたから、
そう改めて言われると恥ずかしいけど
嬉しい気持ちになる。
そして、流唯は私の方に体を向けて
優しい声で話しかけてきた

「ハルちゃんってさ、好きな人、いるの?」
「え!?」
思わず声が漏れる
「いえ・・特にはいないけど・・」
「気になっている人は?」
流唯は真剣な顔でこちらをジッと見つめる
「気になってる人・・・」
「・・いるの?」
流唯さんだよ、なんて言える訳がない。
今日やっと初めて話せたのに
こんなことを言ったら、
もう話せなくなる気がした。
「・・・っ。」
「私は、ハルちゃんが好きだよ。」
そう言われ、私は流唯の顔を見る

「初めて話して、こんなこというのも変だけど
本当にずっと会いたかった。
ずっとこの気持ちを伝えたかった。
電車で静かに本を読む姿も、
話してるとこんなに可愛い一面があることも
全部、ハルちゃんは特別なんだと思う。
他の人に取られたり、触られるのは嫌だ
私だけ見てて欲しい、私の傍にいて欲しいよ?」
ダメ・・?と上目遣いで
流唯の綺麗な顔が近づいてくる
こんなの、断れるわけが無い。

「でも、今日初めて会ったし・・」
「初めて会って、付き合うのは、ダメ?」
「そうじゃないけど・・」
「もっとハルちゃんのこと知りたいし、
もっと近くにいたいよ。
・・それとも、私のこと嫌い?」
「そんなはずないよ!!」
自分でもびっくりする程大きな声がでる
流唯はフフッと笑った後に
「じゃあ、決まりね。」
そう言って私のおでこに軽く口づけをする
「へっ・・」
変な声が出た後、
顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。
恥ずかしい、流唯の顔を見ることもできない

「これからもよろしくね、ハル。」

そう言って流唯は
静かにイスを戻し出口へ向かう
「あ、そうだ。
帰りは迎えに行くから教室で待っててね
可愛いわたしの彼女さん。」
そう言い残しドアがパタンっと閉まった

わたしの頭の中は
今あったことを上手く整理できない。
頭が真っ白とはこういう事なのだ
ずっと気になっていたあの子と
こんな展開になるなんて、
想像もしていなかった。

一旦落ち着こうと席を立つと
足に力が入らず、
ヘナヘナと地面に座り込んでしまう
もしかして、夢なんじゃないか?と思い
額に手を当てると
そこにはまだ先程の流唯の口づけが
熱を帯びていた。
夢じゃない、現実なんだと考える度に
私の心臓の音が図書館に
響いているような錯覚に陥る。

すると、校内にチャイムが響く。
もうあっという間に8時20分になっていた
私は机に手をかけ力の入らない身体を
無理矢理起こす。
そして、図書館に鍵をかけて教室へ
早足で向かう
急いでいるからなのか、流唯のせいなのか
分からないドキドキとした感情が身体を巡る

高校2年生の夏
なにもなかった私の毎日が今
大きく動き出した。



初めて、コンテストに
応募させていただきました。
執筆は始めたばかりでうまくいかないことも
多いですが、これからも頑張りたいと思います。

yuri様

ともきち様

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