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【小説】高嶺ときみ【3】


校庭でサッカー部の模擬試合をしているのか
女子の黄色い声援が飛び交う。

私もどこかの部活に寄って来ればよかった。
春妃はもう教室に戻ってるかな?
今日は部室には寄らないって言ってたし
みんなが戻るまで話しながら暇潰そう〜
そんなことを思いながら教室へ入る

ガラガラガラ

まだ誰も戻っていなかった。
窓を開けっ放しにしていた為か
桜の花びらがいくつも
風に乗って教室へ届いていて、
私の席は1番後ろの窓側なので
椅子や机にもいくつも桜の花びらが乗っていた

日本には四季があってよかったと思う
どの季節も好きだけど
春は特に好きだ。
出会いや別れの季節でもあるが、
これからなにか新しいことを始める
きっかけを作ってくれる季節でもある。
新しいことの始まりは
いつだってキラキラして希望に満ち溢れていて
これからの生活にどんどん色がついていく。
肌寒さが抜けて少しずつ暖かくなり
過ごしやすさを感じる。
そして、窓の外には風に吹かれて
一面に広がる桜の花びらが見える
春だなあ・・。

ガラガラガラ

突然、教室の扉が開く

「あれ?羽島ちゃん早いね」
そう言って近寄ってきたのは
羽場侑斗だ。

羽場侑斗も帰宅部なのだが、
1年生の頃からずっとサッカー部へ
誘われている。
小中とサッカーをしていて
都の代表にも選ばれていたらしい
入学当初から顧問に誘われているが、
断固として入らないと言い続けている。
彼にも何か理由があるのだろう
そして、1年生の頃から
席が前後だったので
よく喋る仲になるのも早かった。

「羽場くんも早かったね、
サッカー部に捕まってると思ってたよ」

侑斗は、まさか。と笑いながら席に座る

「呼ばれる前に逃げてきた。
どうせこうなるだろって思ってたから
都の話が終わった瞬間に動いて正解。
あ、そうだ。これ買ってきたけど、飲む?」

そう言うと手に持っていた
オレンジジュースを差し出してくる

「え?いいの?ありがとう、払うよ」

そう言って鞄に手を伸ばすと
いらない、いらない!と侑斗は手を横に振る

「それよりさあ、
1年の歓迎祭とか言ってるけど
ほぼ半分はサッカー部見学だろ!
女子はほぼ校庭に行くし、結局あとで
違う部活を見にいくんだから
やる必要あんのかねえ?この行事。」

侑斗は小さな声で
めんどくせえよなぁ。と言うと
りんごジュースを一気に飲み干して
机の上にトンッ!と勢いよく置く

「まあ、1年生は
これ楽しみで入る子もいるから仕方ないよ
こういう日しかマネージャー以外は
あんまり近寄れないし、さ」

私は、まあまあ。と宥めながら
体温ですこしぬるくなった
オレンジジュースを飲んだ。

「てかさ、羽島ちゃんは
部活どこも入ってないもんね?
これからも入る気ないの?」
侑斗は机に顔を突っ伏して
足をバタバタさせながら聞いてきた

「うん、今のとこはね。
バイト忙しいし、結構シフト入ってるからさ」
「ふうん・・あ、」

侑斗はそう言うと
突然わたしの髪へと手を伸ばす
顔がさっきよりも近づいてきて、
侑斗の綺麗な二重の瞳と目が合う。

「え?」
「桜の花びらついてたよ、ほれ」

本当だ・・。
一瞬、 キスされると思ってしまった。
勘違いしてしまった自分が恥ずかしくなり
顔が赤くなる。
それを見た侑斗はニヤリ、と笑った。

「羽島ちゃん、何されると思ったの?」
冗談めかしい声で私の瞳を
上目遣いで見つめてくる。

「なっ・・なんでもない!」
思わず声が裏返り、
焦っているのを見透かされているのが分かる
落ち着こうと思っているのに
侑斗は視線を決して逸らさない。
俺はわかってるけどね?と言いたげな顔で
こちらを見つめ続けている。
いつもとは違う視線に顔が熱くなり、
今にも飛び出してしまいそうな心臓を
抑えるのが今は精一杯だ。

「俺さ、前から思ってた事があるんだけど
羽島ちゃんってさあ、好きな人いるの?」
侑斗は、問いかけてくる。
そして、いつもと違う表情にすぐに気付いた。
あの天真爛漫で明るい侑斗ではない、
私の目をじっと見つめて絶対に逸らさない
面白がっているのではない
侑斗は【本気】なのだ。

「えっと・・それは・・」
考えてもいなかったことに
思わず戸惑ってしまう。
どうしよう・・。
心臓はさっきよりも
もっともっと早くなっているのが分かる
まともに侑斗の顔が見られない

「なに?いないの?」
侑斗は微笑みながら顔を近づけてくる
「じゃあ、俺にもチャンス・・あるよね?」
冗談っぽく笑うが表情は真剣だ。
まさか、そんな風に
思っているなんて知らなかった
いつもと違う雰囲気になった教室は、
まるで桜の木の下に居るような感覚になる
緊張と恥ずかしさのような感情で
頭はいっぱいだ。

侑斗はそんな私をみてそっと手を伸ばす。
男の子らしい大きな手が私の頬に触れた、
その瞬間に私の熱が
全部分かってしまう気がして怖くなる。

「羽島、俺・・」

ガラガラガラ!!
その時大きな音を立てて教室のドアが開く

「凛〜!!!!!遅れてごめえん!!!
今、友達に呼ば・・って、え?」

侑斗はドアが開いた時
一瞬驚いたが、私の頬に手を置いたまま
春妃のことをニコニコと見つめている。が、
いいとこだったのに邪魔するなと
言わんばかりの表情をしていた。

「あ・・。」
ハッ!と私は今の自分の状況にやっと気がつき
侑斗からパッと離れ自分の机の方に向き直す
すると、あ〜あ、いいとこだったのにさ。
とボソッと呟いた侑斗が席を立ち
私のすぐ横へしゃがんで耳元で告げる。

「考えといて。俺、本気だから。」

そう言うと
邪魔すんなよ〜も〜春妃〜
と言いながら教室を出て行ってしまった。

さっきの侑斗の言葉が
頭で何度もループする。
本気なんだ・・・。そう思うと
顔がまた熱くなる、どうしよう。

そんなことを他所目に
春妃は早足で近寄ってきた。

「ねえ!!!凛、どういうこと!?!?!?」

春妃は、キラキラとした瞳でこちらを見ている
本当こういう話題好きだなあ、と思うが
でも、今はそれどころではない
私はこの長いようで短かった時間を
整理するので頭がいっぱいいっぱいなのだ。

一際大きなため息をついてから
パッと手を見ると
さっきわたしの髪の毛についていた桜が
少ししおれていた。

さっきのこと、本当なんだ。
少ししおれた花びらを見るたびに
これは、現実だったんだと思い知らされる。

買ってもらったオレンジジュースは
水滴が机にまで垂れて
小さな水溜りができていた。

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