まぼろしのチーズマフィン
こどもの頃、家から歩いて行ける距離に、
おしゃれで美味しいドーナツ屋さんがあった。
ショーケースに並ぶ
たくさんのドーナツの中からひとつを選んで、
まるでアメリカ映画に出てくる
ウェイトレスのような
かわいい制服を着た店員さんに注文をする。
すると店員さんがそれを、
オレンジ色のラインが入った
クリーム色の丸いお皿に乗せて、
席まで運んでくれる。
私は、店内の焦茶色の木製の机と、
少し背の高い椅子に腰掛けて食べる、
そのお店のチーズマフィンが大好きだった。
今でも時々、
紙のカップをビリビリと破りながら食べる、
あの甘くてしょっぱいチーズマフィンが
恋しくなる。
上に乗った、ダイスカットされたチーズも
とっても好きだった。
でも今はもう、そのお店はなくなって
ラーメン屋さんに変わってしまったし、
残念ながら私には、
思い出の味を再現できるような、
お菓子作りの腕もない。
だから今やあれはもう、
私の頭の中にだけある
まぼろしのチーズマフィンになってしまったのだ。
けれど
まぼろしだと、もう食べられないのだと
思えば思うほど、焦がれるもので。
またどこかで似たような
チーズマフィンに出会えたら、と
もうずっと心の底から願っている。