よりみち通信17 ブック・カウンセリング「出版」―本を作るということ―
「本好き」を自認している人は多かれど、その「好き」が指すのは、書かれている内容に偏っていることが多いように思います。
しかし、モノとしての本を手にしてよく眺めてみれば、そこには内容だけでなく、多くの「仕事」が含まれていることに気づきます。
活字、紙、装幀、書体、校閲…。表舞台には出てこないけれど、それがなければ「本」が成立しない仕事の数々。稲泉連『「本をつくる」という仕事』(ちくま文庫)は、その一つ一つの過程を担う人々を訪ね、その仕事の極意を聞き出したノンフィクション。
本を読むときに、字体や紙をいちいち気にする人はほとんどいない。でも、それらが少しでも狂えば、人々は違和感を感じる――まさに縁の下の力持ち「出版文化のインフラ」なのです。
電子書籍がいまいち普及せず、紙の本がなくならないのには、理由がある。この本を読んで、そのことを確信しました。
そして「執筆」という過程にも、実は裏方的な仕事があります。それは“翻訳”。宮崎伸治『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)は、ベストセラーの本を翻訳し、一時は年収が一千万円を超えながらも、翻訳業を廃業せざるを得なくなった著者の赤裸々エッセイ。
翻訳料をピンハネされたり、苦労して翻訳した本の出版が一年以上遅れたり…は、まだ良くて、結局出版されなかったり、自分の名前がクレジットされなかったり。一見華やかに見える出版業界の深い深い闇を覗き見ることができます。
そこまで言って良いんだろうかと、ドキドキしながら読み進めると、最後のオチに「えっ」となる少し奇妙な読書体験ができる本です。
私自身「本好き」を自認していましたが、出版の世界は知れば知るほど奥が深いことに気づきました。よりみち文庫も出版事業を手掛けることになりましたので、さらに勉強していかなければならないと心に誓った次第であります。(小笠原千秋)