息子は父よりもちょっと良い父になる
「東京の空気がうまく感じるんだよ」
あなたはそう言った後、空に向かってタバコの煙を細く吹いた。
大人はなんでタバコを吸うんだろう。子供の頃その意味が僕には分からなかった。
けれど、あの時に言った父の言葉だけが妙に胸に残っている。
「だけ」というのはそれ以外に残るものが何もないからだ。
父は何もできない人だ。
多分、僕の知らない10代の頃からそうだったし、これからもずっとそうなのだと思う。
そして、彼にとってそれは自ら望んだことだ。何もできない、何もしないということに責任は発生しない。
何もできない自分を憂いて、何かをしていく人に対して、毒にしかならない正論を綺麗に並べていたいのだ。
言葉なんて無意味だ。
あなたの全ての力説が耳の前を素通りしていく。
鼓膜に届くはずの振動は岩にぶつかる水流のように、綺麗に僕を避けていく。
こんなにも心に響かない言葉があるなんて。こんなにも純粋に無意味な言葉を真っ直ぐ吐けるなんて。
なんてピュアで美しくて憎らしいのだろう。
戦うことを知らないように見えるあなたも僕の知らない葛藤を抱えてたのだろうか。
分からない。
あなたのことがもう僕には1ミリも分からない。
分からないまま過ごしてしまった30年はもう取り返しがつかず、過去のどの瞬間に戻っても、きっと分かり合えないだろう。僕に分かるのはそのはっきりとした確信だけだ。
あなたもあなたの父を越えようとしたのだろうか。
自分の父を超えたいと願った先が今の姿なのだろうか。
僕があなたを否定したように、あなたも自分の父親を否定した日があっただろうか。
自分の父親よりも、ちょっと良い父親になろうとしたのだろうか。
「東京の空気がうまく感じるんだよ」
あなたの言葉を思い出して気づいたことが一つある。
僕は自分の子供の前でタバコを吸ったことがない。
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