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百田尚樹は戦前の人口増加策を実現したいのか



少子化対策発言を巡って



 日本保守党の代表を務める百田尚樹氏がYouTube動画「あさ8」の配信で少子化対策への発言に批判が殺到した。百田氏が提言した少子化対策としての内容は次の3つの発言だ。


 「女性は18歳から大学に行かせない
 「25歳を超えて独身の場合は、生涯結婚できないような法律にする
 「女性が30歳を超えたら、子宮を摘出する


 百田氏の発言により、SNSでのやり取りは火を噴くほどの激烈な争いとなった。これはいったい何を意味するのだろうか。

 結論から言うと、百田氏の中で密かに戦前の人口増加策を持ち込むのかという点だ。

 言論の自由が保障されているとはいえ、水に流すことはできない。
 百田氏は「SF小説としての発言だった。」と陳謝した。だが、しばらくの間は炎上騒動が収まる気配がなかった。冗談話なのか。それとも本音で言っているのか。未だに真相は掴めない。しかし、多くの有権者は彼の発言を聞いて憤りを感じたに違いない。わりかし後者が本音であるとの見方は強い。

 ミソジニー(女性蔑視)とも取れる発言に対し、多くの女性たちは「一体どういう神経をしているのか!」と勘繰りたくなるほどであろう。一国民である前に、公人であることを忘れている。

 日本の女性たちの考え方は十人十色だ。子供を産んで家族をつくって幸せに暮らすのがよいと考える人がいれば、子供を望まずに個人の人生を全うしたいと考える人もいる。あるいは、不妊治療を受けており、子供を授かりたくてもできずに苦悩する人もいる。

 男性の場合も結婚して家庭を持ちたいと思う人がいれば、経済的な理由により断念せざるを得ない人もいる。
 個々の事情によって恋愛や結婚になかなか踏み切れない人がいる。こうなると、若者の経済不安や結婚・出産・子育てがしやすい環境に整っていないことこそ問題なのだ。各々の男女の声に耳を傾けることで、胸にしまい込んでいた切実な思いを知ることが先決であろう。


子どもを産む気を持てない理由


 日本の女性の考え方の中で、私はある方のnoteの記事を読んだ。精神保健福祉士のあさね氏だ。以下の意見が興味深い。

< 仕事柄、死にたいって言葉を聞くことも少なくなかったり。若者の自殺率の高さを聞いたりすると。
 なんかだんだん、私が産む必要もないか、という考えに至り始めまして。
あるとき、無理して「産みたい人」にならなくてもいいのかも、と思ったらふっと肩の荷が軽くなった気がしました。
(中略)
 私は自分で産む気はないけど、里親制度や養子縁組には高校生くらいのときから関心がありましたので、わからないけどいつかそういう形で、子どもを育てる未来はあるかもしれないです。
 こればっかりはご縁だからねぇ。パートナーの意見もあるし、先のことはわからないね。
 世の中の産まない選択をしている女性にはそれぞれいろいろな理由や事情があると思います。
 今日書いたのは、あくまで私個人のことです。
「そういう人もいるんだなぁ」程度に、留めておいていただくくらいで十分でございます。>

※太字は筆者強調

あさね note『私は子どもを産む気がないという話』2022年12月26日 


 あさね氏のnoteを読む限りにおいては、私の想像しきれないところがある。だが、経済的負担が重くのしかかり、社会的支援が乏しい日本の現況では子供を産み育てることが不可能に近い。災害や貧困が人々の生活に暗い影を落としている状況も捨てきれない。女性にとって子供を産むということはどんなに大変なことであり、精神的にも肉体的にも辛いことであるかを知っていただきたい。あさね氏の考えはここにある。

 若者の自殺率が依然として高いのは生き方の物差しが極めて少ないためだ。笑っている人が少ない。出る杭は打つ。異なる価値観を排除する。他者に対する妬みが強い。そんな息苦しさが内在する日本社会で子供を育てることは果たして幸福な未来を約束できるのだろうか。そのような切実な声を拾い上げる必要がある。


階戸瑠李が吐露した恋愛・結婚に関するモヤモヤ



 2020年8月に逝去した女優の階戸瑠李氏は生前のインタビューで以下の通りに率直な想いを語っていた。

< 私は三十一歳独身、子供なし、ついでに彼氏もなし。結婚や出産がすべてだとはもちろん思っていないが、なんだかひとりぼっちで取り残されたような感覚にひどく陥ることもある。ただでさえ生きづらい世の中で、漠然と不安なもやもやを胸に抱えて生きている人は、実は沢山いるのではないか。>

bookbang『女優・階戸瑠李が孤独感に苛まれたときに助けられた文庫3選』2020年2月「潮」

 階戸氏の文言の通り、結婚・出産のライフイベントを経験することは全てだと思っていない。個人の生き方を大事にしたいという想いが半ばあったのだと思う。しかし、心のどこかでモヤモヤを感じていた。下記のnoteではその心境を吐露している。

< 一年ほど前に結婚した友人とランチした時。彼女もまた随分と派手で華 
やかな20代を過ごしたが、さらりと一年付き合った彼と結婚を決めた。
 彼女の口癖は「四番目に好きな男と結婚した」だった。

 恋愛に関してはまるで子供のような未熟な思考を持っている私に「いい人と付き合って結婚した方がいい」と彼女は言った。

「私の周りにも、40,50で仕事はうまくいっててお金も稼いでる人いるけど、なんか結婚してない人とかパートナーいない人とか、やっぱ痛いもんね、見てて」

 でた。「痛い」

 見てて痛々しいのか。それを痛いと言っているのか。

 でも、それって全部世の中とか自分の価値観から、それを痛いと判断しているんだよね。

40過ぎても結婚していない女性ってどうなの?
 男は仕事を頑張るべき。
 生産性。


 そうあるべきで、それが幸せで、素晴らしくて、それに反していたら痛いと言われるのってなんなんだろう。

 私が31歳で未婚の出産していないから、その痛い、にこんなにも引っかかるのだろうか?>

※太字は筆者強調

階戸瑠李 note『痛いということば』2020年8月5日

 「女性は早く結婚して、子どもを持つべきだ」「女にとって幸せなことだ」。ロマンティック・ラブや家族物語を当然とする社会的風潮に、階戸氏は「痛い」という言葉に凝縮している。もしかすると、あさね氏も同じ気持ちなのだと思う。

 未だに男性中心の稼ぎ型モデルや家族形態を党是とする空気はいい加減に改めるべきである。これは男性にとっても、目指そうにもできない状況に立たされている人もいると知るべきだ。

 あさね氏や階戸瑠李氏の声は古びた慣習を改変できない日本社会に対する悲観的な心境を語っているのではないか。


戦前の人口増加策を実現しようとしているのか



p.75


 上の写真をご覧いただきたい。戦前昭和期の日本が「産めよ増やせよ」政策を推し進めた頃の生々しい実態を映している。1930年代に行われた「多産推進」政策において「優良新生児表彰」を催した頃の写真である。

 写真家の和賀正樹氏は『これが「帝国日本」の戦争だ』(現代書館)の中で詳細に綴っている。

< 一九三〇年代中葉までの日本では、毎年百万の人口の自然増加があった。ところが日中戦争がはじまり、一九三八年(昭和十三年)には三十万人と激減。危機感をいたいた軍部・厚生省は昭和十四年、同省民族衛生研究会の中で「結婚十訓」を発表した。
 「互いに健康証明書を交換しよう」「悪い遺伝のない人を選べ」「なるべく早く結婚せよ」「父母長上(目上の人)の意見を尊重しよう」と呼びかけ、最後は「産めよ殖やせよ国のため」。
 ナチス・ドイツの「配偶者選択十ヶ条」をまねたもので、同時に全国各地で「優良新生児表彰」「優良多子家庭表彰」のイベントを催した。多子では、一〇人以上の子どもをもつ親一万三百人を顕彰。「日本一」になったのは長崎県庁の役人(四十八歳)と妻(四十歳)。二十年間で一六人の子どもをもうけ、これにならえと新聞、雑誌が大々的に報じた。>

※太字は筆者強調

和賀正樹『これが「帝国日本」の戦争だ』現代書館 p.74

 翌年の昭和15年に、政府は「国民優生法」を公布した。その内容は「遺伝性の疾患者には断種手術を行い、健常者の産児制限に歯止めをかけることを宣言した」(p.74)のである。実に憤怒すべき公約だ。

 そして、当時の東条英機首相は恐るべき訓示を掲げていた。

< 「不健全」な者、生産に役立たない「異物」を世の中から排除していこう。健常者の人口を増やし、社会を純化させよう。痛いほど国家当局の熱意がつたわってくる。産ませて、育てて、最後は「その若き肉体、その清新なる血潮ちしお、すべてこれ御国みくにの大御宝なのである。この一切を大君の御為おんために捧げ奉るは、皇国に生を享けたる諸君の進むべきただ一つのみちである。」(学徒出陣壮行会での東条英機首相の訓示)>

前掲書 p.74

 百田尚樹氏の「女性が30歳を超えたら、子宮を摘出する」発言から読み取れることは性医学的理由がある。三十路を越えた女性の卵子が老化することを踏まえていた。なぜなら、30歳以上の女性が子どもを出産する時、高齢期に出産した場合に障害が残る可能性が高いからだ。他方、男性も35歳を過ぎた頃から不妊率が高くなるという研究結果も出ている。

 10代後半から20代の内に産めば、健全な子どもを産むことができるという発想なのだろう。

 百田氏に限ったことではない。当時の厚生労働大臣だった柳沢伯夫氏の「女性は子を産む機械」発言といい、参議院議員の杉田水脈氏の「LGBTの人間は子供をつくらない。つまり、生産性はないのです。」の発言といい、優生思想に直結する政治的発言が目立つ。女性にとっては由々しき事態だと考えるに違いない。

 百田尚樹氏が代表を務める日本保守党の議席は2024年11月の衆議院選挙で3議席を獲得した。その意味において国政に直接働きかけることがあっても、政策が反映する可能性は今のところ低い。
 だが、日本保守党が徐々に力をつけてきた時、戦前の富国強兵・殖産興業の発展のための人口増加策を強力に推し進めることは考えられなくもない。

 多くの日本の女性たちは『これが「帝国日本」の戦争だ』で指摘した戦前の人口増加策を推進すべく、持ち出そうとする政治家の発言が出たら注視すべきだと思う。女性の身体を痛めつけるだけでない。国家総動員体制や学徒出陣などの富国強兵策で無理くり子供を産ませ、戦場に送ろうとする愚挙に出ることがあるかもしれない。もちろん、可能性は低いだろうが。

 単なる絵空事か。歴史の事実に向き合うか。それは読者の自由である。


<参考文献>

和賀正樹『これが「帝国日本」の戦争だ』現代書館 2015


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ハリス・ポーター
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