奇妙な男

　帰国後、私は都内のインターナショナルスクールに入学することになった。世界中から留学生が集まり、多種多様な文化に触れ合う機会が学校に多く集まっていたようだ。
　世の中にはそれぞれの生き方、価値観が異なるものだなとつくづく思った次第である。後々に知ったことだが、このインターナショナルスクールの運営に携わっているのはとある有名な経営コンサルタントだそうだ。「世界に通用する人材を日本から輩出する」をモットーに掲げ、校内は全て英語しか話せない。すでに国際共通語としての英語が浸透していたから、主に英語圏での仕事で活躍できるようになってほしいという切なる願いが込められていたのであろう。卒業した生徒はアメリカやイギリスなどの最先端企業でグローバルビジネスを展開する経営者や外資系企業社員、海外を拠点とするアーティスト、国際派俳優やミュージシャンといった芸能人など、世界中で活躍の場を広げている。

　私もこのインターナショナルスクールで知り合った芸能人の親を持つ生徒を何人も知っている。クラスで一緒になり、授業で話し合うこともある。ただ私はコミュニケーション能力に難ありだったため、おどおどしたり無自覚な言動をするなどして傷つけた記憶があるから苦い思い出でしかない。
　彼らの卒業後の進路は文字通り、映画俳優やファッションモデルなどの芸能への道に進んでいった。今も第一線で活躍されている。

　私の両親がこのインターナショナルスクールを私に薦めた理由は、カナダで培った英語力を維持するために言語教育が充実した学校で学んでほしいという想いからである。また、以前から日本での同調圧力を感じる環境に身を置き続けていたら、窮屈で生きにくいと感じてしまう。子どもの幸せを第一に考えたら、両親の指針はある意味、戦略的な意図が含まれていた。決して「マネーゲームに勝ち続ける人間になれ」とは言っていない。将来的に海外環境に身を置けば、幸せな人生を歩むことができると考えたのだろう。

　この頃の私は、相変わらず無邪気に振る舞っていた。通信簿には明るく活発な少年だと評価されたが、やはり問題行動が多い。学校から注意喚起されるほど落ち着きのない子どもだった。成績は昔と変わらず良くなく、時には居残り勉強をすることもあったほどだ。

　そんな中、国際学校での生活で私が最も印象に残ったことがある。それは「エロ」を強調する奇妙な男に出会ったことだ。その男をKと名付けるとしよう。彼は性感が強く、授業中でも休憩中に性的表現を連発する男である。

　Kは、クラスメートのイスラエル人から教わったヘブライ語で「ブルブル」と「ツィーツィー」を実によく使っていた。
　（「ブルブル」はヘブライ語で「股間」という意味、「ツィーツィー」は「乳首」という意味。）

　ある日の音楽の授業のこと。ジーン・ケリーの『アイ・ガット・リズム』(I Got Rhythm)という曲の練習成果を発表する機会があった。そんな中、Kは歌っている最中に「ブルブル」という言葉を連発してきた。その後、乳首のある箇所の服をつまんで、こちらの顔に向けて寄ってきた。
　「どうだお前。俺のオッパイ吸いたいか？」と言わんばかりに、にんまりした表情で詰め寄ってきたのだ。
　それでも私は微動だにしなかった。

「そんなものに喜んで共感すると思っているのか！！！」

　心の中でつぶやいていた。
　その後、Kはフィリピン人の音楽教師から「何やっているんだ！？」と激怒されたそうだ。迷惑千万な行為でしかない。

　またある日のこと。クラスメートのイスラエル人が祖国に帰ることになり、お別れパーティーを開くことになった。都内の高級マンションの邸宅にお邪魔させてもらった。皆はそれぞれ楽しい時間を過ごしていた。
　マンションの地下に広大なプールがある。私とイスラエル人とKの三人は楽しく泳いでいた。
　プールから上がって着替えて部屋に戻ろうとした。でも、Kはなかなか姿を現さない。「遅いな。何やっているんだろう。」と思い、更衣室に戻ってドアを開けた瞬間、スッポンポンの状態で後ろに少し反って両手を下に広げながら叫んだ。

「　Come on!!　」

　衝撃だった。私とイスラエル人のクラスメートは思わず吹いてしまった。「なにやってんだ。」と。
　「ほら、来いよ来いよ！俺を抱け！！」と言わんばかりに、望んでもいない抱擁ほうようを強要するような素振りをしてきたのだ。
　「なんで開けたんだよ！」とイスラエル人と掛け合いつつ、さすがに苦笑いをしてしまった。Kは続けざまにドア越しから叫んだ。

「見るなよ！」

　「一体どっちなんだ！」心の中でつぶやかせざるを得ない。
　Kは性欲がやたらに強かったのだろう。気色悪さはクラス内で一級品だといえるくらいだ。

　私は怪訝けげんな顔をしながら、こう思わざるを得ない。

　「またつまらぬモノを見てしまった……」と。