黒縁眼鏡と黒いジャージ
みんなのピンチを、あわてずさわがず、しれ〜っと解決。林卓人さんはそういうキーパーだ。よく通る声で味方を統率しつつ、シュートやクロスがとんできたらなに食わぬ顔して止めちゃう。それもボールにとびつくというより、ボールにひきよせられるみたいに腕をのばして止めるから、必死感がない。そこがたまらなくかっこいい。
でも引退会見のときの卓人さんは、勝手が違った。ゴールキーパーとしてのそのかっこよさが、すっかり鳴りを潜めてしまっていた。
会見のとき、卓人さんは眼鏡をかけていた。それが妙に目についた。黒縁のぶっとい、重ったるい眼鏡。まるでその眼鏡が、かれのゴールキーパーとしての機能をかたっぱしから停止させてしまったかのように、ぼくには見えた。もちろん、ふだんから眼鏡をかけてるのかもしれないし、度なしのおしゃれ眼鏡なのかもしれない。ただ、あまりにも眼鏡とゴールキーパーがかけはなれてる気がした。
それから1ヶ月。宮崎キャンプの様子をおさめた動画に姿をあらわした林卓人さんは、ほかのスタッフさんとおなじようにジャージを着ていた。川浪吾郎さんや田中雄大さん、そして新加入の薄井覇斗さんが、トレーニング用のウェアで臨戦体制だというのに、卓人さんだけ、ジャージ。
トレーニングがはじまると、卓人さんは初々しさとぎこちなさをただよわせながら、キーパーたちにボールを蹴っていた。あきらかに顔がこわばっていたのが印象的だったけれど、それでも鋭いボールを蹴れちゃうあたりはさすが。
練習後、カメラをむけられると「現場はたのしいです」と笑顔。そして「選手のおかげです」なんて、いかにもコーチな言葉づかいをした。田中雄大さんは、そんな卓人さんについて「やさしいです、いまは」。林卓人さんが、すっかりゴールキーパーではなくなっていた。
でも、東俊希さんのフリーキック練習で、高めのコースをとめたあとのあの表情、あのときの卓人さんは、たしかにゴールキーパーだった。うつむいてなにかを考えるようにポジションをとりなおすときのあのお顔。その背中に背番号1があったとしても、なんらおかしいことはなかった。
それでも、これからゴールキーパー・林卓人というのは、どんどん薄らいでいく。それは避けられない。でもそのかわりにいつか、しれ~っと、なに食わぬ顔でキーパーたちの悩みを解決するコーチ・林卓人が、くっきりと輪郭をおびてくるにちがいない。いまはまだぎこちないジャージ姿も、きっと似合う日がくる。すこしさびしいけれど、その日をたのしみにしていたい。
卓人さん、いいコーチになってくださいね。
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