襟つきのユニの永井龍をもっと観たかった、って話
ぼくは永井龍の、プレスをかけたり、DFのウラをねらう姿にすくわれた。
「ゴール獲ってるんだから」つってプレッシングやウラねらうのをサボるFWに、この6年くらいぼくはずっともやもやしていた。年間10ゴール前後で「ゴール獲ってるんだから」はすこしきつい。せめてもうちょいうまく走ってはくれまいかと。
でも、サッカーはどこまでいってもやっぱり点獲りゲーム。とうぜん「ゴール獲ってるんだから」つて言い分がまかりとおる。その陰で走れるFWがムダにかけずりまわらされたり、ゴールに背を向けてつぶれたりしているのなんてのも関係ない。なんだかなあと。このジレンマにぼくはこの6年、ずっと焦れてはもだえてきた。
そんなときに永井があらわれた。最前線からうしろのMFと足取りをあわせながらボールをかこいこみ、DFの視界から出たり入ったりをくりかえしてラインのウラをねらいつづけた。機会こそすくなかったけれど、そんな彼の動き出しに、もやもやしてたぼくはだいぶすくわれた。感謝してもしきれない。ありがとう。
ぼくは、この移籍をうけてもなお、サンフレッチェの永井龍をあきらめられないでいる。リリースのコメントが片道切符だった? そんなのは関係ない。まだまだ永井を観ていたい。期限つきなんだからすぐにでもかえってきてほしい。
もっというと、襟つきのユニフォームの永井龍を観たいのだ。グランパス時代の襟のついたユニフォームのビジュアルがスキでたまらない。エース感にじみでてて、カッコいい。
なんだろう、やっぱりセレッソ育ちには襟がにあうのかな。だから、こっそり襟付きの永井が"モリシ"のクロスをボレーであわせてゴール、なんて味のあるシーンも想像したりもした。去年チャンスだったけどなあ、おしい。
ほんとは、あきらめられない・かえってきてほしい、っていうのが勝手な言い分だってこともわかっている。選手はプレーするのがいちばん。環境をかえたいというのであれば見送るしかない。わかってはいる。
でも、もしも、もしも来年のホームのユニフォームが襟つきだったら。そのときは、もろもろの事情ぜんぶすっとばして、本気でかえってきてほしい。かえってきて、今度こそモリシのクロスからボレーをブチこんでほしいのだ。勝手だけれど、せめてこれくらいは望ませておくれ。
というわけで永井龍の岡山でのゴール量産たのしみにしていようとおもう。「行ってきます」っていってたので、おかえりなさいをいう準備だけしておいて。