気候変動の適応策「気候変動適応計画」の概要
18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命以降、地球の温度は上がり続け、100年単位で見ると、世界の平均気温は0.74℃ずつ高くなっています。2015年にはパリ協定(気候変動枠組条約第26回締約国会議)で産業革命前と比べて気温の上昇を1.5℃におさえるという目標が採択されました。地球の温暖化を進める原因である二酸化炭素やメタンガスをはじめとする温室効果ガスの排出量を減らす取り組みが少しずつ進められてはいるものの、この目標が達成されるかどうかはあまり期待できない状況にあります。
また、1.5℃の目標が達成された場合でも、大気中に含まれている温室効果ガスにより温暖化は進み、その影響は数百年以上に及ぶと予想されています。
これからも影響の続く気候変動に対応して、さまざまな分野で適応していく動きも必須のものとなっています。今回は、各分野でどのような影響が起こっており、どのような適応策が考えられているのか、2021年に閣議決定された「気候変動適応計画」をもとに見ていきましょう。
農業、森林・林業、水産業
【農業】
農業は気候変動の影響を受けやすいと考えられており、米や麦、大豆、野菜についてはすでに温暖化の影響が見られ、収穫量の減少や生育期間の短縮、生育障害の増加が起こっています。中でも果物は特に気候の変化に適応しづらく、かんきつ類における皮と身の分離、りんごやぶどうの着色不良、りんごや柿の実が柔らかくなるといった変化が生じています。
さらに、従来は西南の暖かい地方でのみ発生していた稲などの病害虫が関東に広がるといった状況も見られます。
畜産分野では、乳牛が出す乳量の減少や品質低下、食用の牛・豚・鶏の成長不良や肉質の品質低下、卵の産卵率やサイズの低下が指摘されています。
適応策
農業分野での適応策としては、高温の影響を回避または削減する技術や、高温に耐性のある品種の導入のほか、病害虫に強い品種の育成が考えられます。病害虫に対しては、早期発見・早期防除を徹底するといった方法があります。
畜産分野に関しては飼育環境の改善によって家畜の体感温度を下げる、冷たい水を与える、嗜好性と栄養価の高い飼料を工夫するなどを行うといった方法が考えられています。
【森林・林業】
降水量が少ない地域で気温が現在よりも3℃上がると、スギ林が衰退する可能性があります。また、気温の上昇によりマツ材の線虫病被害の危険性が上がる可能性があり、被害の北限がさらに北に移動することも考えられています。
しいたけの原木栽培においては、気温の上昇が病害菌の発生や収穫量の減少につながる可能性が指摘されています。
適応策
森林・林業における適応策としては、森林病害虫の防除や、長期の伐採リスクの評価、栽培技術や品種の検討などが求められます。
【水産業】
水産業においては、回遊魚の分布範囲や体のサイズの変化が生じているほか、温暖な海で活動する魚種の増加と、寒い海を生息域とする魚種の減少が見られています。さらに、ホタテ貝・カキの大量死、海苔の収穫量の減少が現実のものとなってきました。
適応策
水産業の適応策には、漁場予測の高精度化、高い水温に対する耐性のある品種の開発を目指すとともに、水温の上昇に伴って日本の海域に侵入する危惧種への対策を行うといったものがあります。
水環境・水資源
【水環境】
調査対象となった全国の湖や沼のうち夏は76%、冬は94%、河川では夏に73%、冬に77%で水温の上昇が起こっていることがわかっています。
沼や湖、河川の水の年平均気温が10℃を超えると微生物の多様性が失われ、単一の種が大量発生する恐れがあります。単一の微生物が大量発生すると、水辺の環境や水道水の水質が悪化します。
近年、多発している短期間の集中的な大雨や大雨の頻度の上昇や、記録的な高潮によって、河川への土砂の流出が増えたり、浄水場の水に塩水が混入したりといったことが起こっています。
海水については、全国の207地点のうち、132か所で海水の表面温度が上がっていることが、調査の結果わかりました。海水については、空気中の二酸化炭素を吸収することから、酸性化が進んでいるという問題もあります。
【水資源】
雨の降るパターンが変化していることから、各地で水不足となり、給水制限が行われる地域が見られます。調査対象となった東京では、気温の上昇に比例して水の使用量が上がることがわかっています。
稲作に関しては、気温の上昇に対応して田植えの時期や灌漑方法の変更により、水需要の増加が見られます。
適応策
水質に関しては、水質のモニタリングや将来予測、調査研究、水質保全対策、科学的知見の集積、新技術の開発などを進めるといった適応策が考えられています。
水不足の被害を防止・軽減するためには、既存の水の供給施設の安全確認、機能の向上・維持を行うほか、雨水の利用を推進する、地下水の利用を検討するといった方法が求められています。
自然生態系
陸域・淡水・沿岸・海洋とすべての生態系で、植物や動物の分布範囲の変化が起こっています。このほか、植物の開花や動物の初鳴きが早くなるといった、生物の季節にも変動が見られます。
適応策
自然生態系を守り、維持するための適応策には、野生生物が生息する森林の保全管理と、森林のモニタリング・調査・研究、さらに気候変動に順応できる生態系ネットワークの保全、形成を進めるといったものがあります。
自然災害・沿岸域
大雨の頻度が年ごとに上がり、洪水が起こる頻度の上昇が予測されています。さらに、気候変動による海面上昇にプラスして台風が強さを増し、経路が変化することで、高波が増える可能性が指摘されています。
国内の平均83%の砂浜が2100年までに消失する可能性があるとされています。
これまでに起きた大規模な土砂災害の原因が気候変動によるものであれば、今後も被害の激化が予想されているとともに、局地的な大雨の頻度の増加によって、山地の斜面崩壊や土石流の頻度と激しさが増すことが予想されています。
適応策
降雨予測データの蓄積と、データに基づく河川の整備、見直しを進めるといった適応策をはじめ、災害時の被害の想定や、国と地方公共団体が連携しての避難、救助、救急、緊急輸送が検討されています。
さらに、防災施設の整備、維持、管理や、雨水貯留、浸透機能の確保と向上を図るほか、都市の排水機能の整備、推進被害を受けやすい地域の把握、ハザードマップの作成、沿岸への防砂堤の設置や、湾港のコンテナターミナルのかさ上げが必要です。
津波や強風による被害を防止するためには、海岸防災林の整備が求められます。このほか、空港の浸水を想定した対応計画を作る、避難場所や避難経路、社会活動を守る施設を整備する、災害に強い耐候性ハウスの導入を進めるなどの適応策が、国土交通省や、環境省から出されています。
健康
熱中症による救急搬送、医療機関受診者数、死亡者数が増えていることが報告されています。気温の上昇が進むと、蚊を媒介とするデング熱等の感染症の発生可能性が北海道に達する可能性が高く、感染症が発生する季節が変化する可能性があるとされています。
また、大気中のオキシダント濃度が高い都市部で高温となった場合、オキシダント濃度が上がり健康被害につながることが予測されています。
ただし冬の気温が上がることのメリットの一つに、低温のために亡くなる人が減少する可能性が挙げられます。
適応策
気候変動の健康への影響に対する適応策としては、気象情報の提供、注意喚起のほか、熱中症の予防、対処法の普及啓発、情報提供を行うといった方法が考えられています。熱中症を防ぐために、炎天下などではロボットやICTを導入するといった対応策も今度、進められていくでしょう。
感染症に対しては、蚊の発生源の対策、成虫の駆除、注意喚起とともに、科学的知見の集積と、大気汚染への対策が必要とされます。
産業・経済活動
製造業に対する水害による被害のような自然災害の多発に伴い、保険金の支払額が増加する可能性が高まっています。農業においては、作物の生産量の変化による、価格や貿易量の変化、観光業においては流氷の減少やスキー場の積雪の減少など、観光資源としての自然の変化による観光業へのマイナスの影響が懸念されます。
ただし、北極海の海氷面積が減っていることから、北極海が新たに航路とされる可能性があることは、プラスの影響と言えるでしょう。
適応策
産業・経済活動の気候変動に対する適応策には、損害保険会社による自然災害に対するリスク管理とモニタリング手法の高度化が挙げられるほか、科学的知見を集積し、適応技術の開発を行うことが求められます。
災害時には、避難者の受入施設としてホテルや旅館等の宿泊施設を活用するといった方法も考えられます。
北極海を航路として活用するためには、新たな情報収集、環境整備を行うことが必要となるでしょう。
国民生活・都市生活
わたしたちの生活に対する影響には、電気、ガス、水道といったライフラインや交通網の寸断があります。交通網が寸断すると、孤立集落が発生する可能性が考えられます。
都市部ではヒートアイランド現象に気候変動がプラスされ、引き続き都市部での気温が上昇する恐れがあるでしょう。
ライフラインの寸断ほどの大きな影響ではありませんが、お花見の日数の減少や、銀杏やセミといった動植物の生物季節の変化が起こることも予測されています。
適応策
生活への影響に適応する方法としては、地下駅の出入口、トンネル等における止水板や防水扉の整備のほか、人命救助や緊急物資輸送を支援するための道路の整備、 ICT 技術を活用した迅速な情報収集と提供、災害に強い航路標識の整備があります。
特に都市部で求められるのは町の緑化や、住宅や建築物の省エネルギー化の推進、自動車の排熱減少と、公共交通の利用促進、「風の道」を活用した都市づくりです。
このほか、伝統行事・地場産業に及ぼす影響についての調査研究と、科学的知見の集積を進めるといったことも今後の生活の維持に必要となっています。
文:森野みどり