『カバの話 文体練習 嗅覚Ver.1.0』
夜中に竹田が家に来た
手のひらから血の匂いをさせて
体からは泥の臭いがした
カバと相撲をとったのでカバの臭いがするだろうと竹田は言った
嗅いだことはないがサバンナの匂いを感じた
それはカバの臭いだといった
動物園、閉園のまぎわで人は疎らだった
鉄さびの臭いのする柵を越えて
竹田はサバンナの匂いのするカバの居所に乗り込んだ
目の前に立ってみて
カバについて何も知らなかったと気づいた
体長3.5メートル 体重2トン
途方もない大きさで、臭かった
毎日、51キロの青臭い草木を食べて、糞をまき散らし臭い付けをする
時速41キロで走る
自らの糞の臭いのするカバは、何をしに来たのかとでも言うように
こちらを見ていた
竹田はすかさずカバの頭に飛びついた、動物の臭いが強烈に鼻から入ってきた
少しでも立ち止まっていたら
臭いでそのまま動けなくなる気がした
カバの首に腕を回して組み合う、臭いで息ができない
噛まれても、踏まれても、終わりだ
頭に抱き付いている限りは噛みつかれないはずだった
竹田の身体の下でカバは大きく口を開ける、臭いが増した
身体をゆすって、頭を左右に振った、臭いが体を包み込む
足が地面から浮いた
臭いに包み込まれながら、これが相撲だろうか、と思った
前足が足であって手でないならば
膝を着かせるか、ひっくり返すしかない
カバの首はしっとり濡れて臭く柔らかかった
唸り声を立てて、カバが臭いと共に勢いよく頭を左に振る
身体がカバから離れた、臭いから解放された
宙を舞った一瞬、小さな白い蛇がにゅるにゅる空に昇っていくのが見えた
何年もあの香ばしいにおいのする鰻を喰っていないな、と竹田は思った
カバは臭い尻を向けて水たまりの方へ歩いて行ったという