あの人はたぶん嘘つきだ。 しかも、ものすごく上手な嘘をつくわけではなく、辻褄が合わないように見える嘘をつく。 その姿を見て、仕方ないなぁ、と少し笑う。
ピアスをおねだりしてもはぐらかされる。 ふと彼が自販機の前で立ち止まり、彼の好きな飲み物を買って 「いる?」 もらってすぐに両手を温め、温度が冷めないうちに飲めば良かったのかもしれないけれど、そのカフェラテを、いまもまだ飲めないでいる。
手を繋いでじゃれていたら、ふとこっくりこっくりしだして、その手が止まる。 普段はこんなところで、手を繋いだりしないのに、優しさを与えるために、繋いでくれた手は温かく、柔らかだった。 トラウマと優しさを同時にくれる人。 「またね」 ピントの合ってない目で 、私をちらり見て少し手を挙げ、わたしも同じように手を挙げたのを確認して 眠そうなふりをして、帰っていく姿を電車の中から見送った。
人を好きになると、 フェードアウトで失うくらいなら、いっそ一刀両断にしてほしいと、会うたびに思う。 だから私は人を好きにならない。 百歩譲って、好きになっても、好きじゃないふりをする。 そして、人を簡単に「好き」になりすぎると指摘される。
「僕を通りすぎていけばいい」 教育者は、何度も何度も同じ教育を多くの学生に施す。 彼は誰にも執着しない。 私がたまたまその学校に通っていたからで、彼に選ばれたわけではない。誘導灯に引き寄せられた昆虫が、私だったということ。 彼がそこにいることに、少しイライラするけれど、彼がそこにいることを決めたのだから、無理やりそこから連れ出そうとしても、彼は動かないし、ただこの手を離すだけ。そもそも最初から手をつないでいるわけではないけれど。 「恋人にも友人にもなれないし、 知り
顔と名前が覚えらない。 意味のない数字の羅列も。 すべて記号にすぎない。 見た目も体形も関係ない。 中身を見ているから。 だってさ。 じゃあ、中身のない私は?
女は男に会うため、あの手この手をつくし、与えられるものすべてを与える。 男はそれを受け取るなり、さっさと作品にしてしまう。 女はいつも男に与えてばかり。
あなたのことが好き と伝えても 否定も肯定もしない彼は 重さがずいぶん違う。 いつまでたっても好きだと伝わらない。
「僕を通り過ぎていけばいい。」 「人は成長するから、通り過ぎるのが当たり前だし、良いこと」 執着のない彼の目には、あなたに執着しているわたしは写っていない、ということ。
数年に一度出会う、教育者のような彼女彼らに恋をする。 終わりを意識しながら落ちる恋は、不安と恐怖の中に、わずかな幸せをもたらす。
古ぼけた段ボールを恐る恐る開けると 大学の授業で写真の現像をするために撮った写真が出てきた。 当時の「導く人」に撮ってもらった写真だった。 彼はほとんど色味の無い服装をしている私に赤いブレスレットをくれた。 今も色味のない服を着続けている。
私の大好きな彼女は、とても聡明で優しく、そして美しい。 いつも相手を気遣い、言葉を丁寧に選び発話するその姿は、神々しくもあった。 背中までまっすぐに伸びた髪は、少し明るい色をしていた。 色素が薄く、肌は白く、さりげなく整えた眉、薄めにひいたアイライン。引き算のメイクがしっくりくる彼女は、そばかすがとてもチャーミングで、その顔で笑われたら、もうひとたまりもない。 時代性を感じさせない、程よく体にフィットしたアンクルカットのデニムも、ペタンコの白い靴も、髪の結わき方さえも、手
とにかく人があまりに怖くて、声の出し方を忘れ、会話をしなくて済むようになりたいと、本気で願っているような私にも、数年に1度、接点を持ってくれる人がいる。 そんな殊勝な彼女彼らにも期限がある。単に堪忍袋の尾といえばよいか・・・。地底奥深くで何重もの殻に閉じこもっている私を少しでも引き上げようと試みてくれるのだが、私の重りはいっこうに持ち上がりそうにない。それに気が付くと、たいてい3か月、長くて半年程度で離れていく。 それでも、数年に一度起きるこの3か月は、私にはとても大切な
仕事が終わり、晩ご飯何食べようかな、お腹減ったな、などと考えながら電車に揺られ、普段なら気にしない車内アナウンスを聞き間違え、電車を飛び降りた。 会社と自宅は、都会と田舎を結ぶ線の両端で、途中に唯一Y字に分かれる箇所があるから、電車に乗る時は、慎重に行先を確認して、座席争奪戦に巻き込まれないように、2つ電車を待ったのにもかかわらず。 自宅方面の電車かどうかを必死で見極め、待つこと10分程。ようやく電車に再び乗る事が出来た。 満員電車で座席と座席の間に立つ人の隙間を見つけ