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生と死と光と。

おひさしぶりです。
年末年始とやらはいずこへ、早々と駆け抜けてしまいましたね。

わたしは、どこか抜け殻のようです。

今日の内容は、死に言及するnoteになりますので、心が苦しくなりそうな方はお控えください。

ですが、大層に暗く、悲しい話だけではありません。
ぜひ読んでいただけたら嬉しいです。


ありがとう

年の暮れにじいちゃんが亡くなりました。
ちょうど、年末で家族が家に集まる日でした。

じいちゃん、最後まで気使ってくれたんじゃね。
でも、ちょっと急すぎるけどねぇ…。
ピンピンコロリがええ、とは言っていたけれど
それにしてもね。

わたしは結婚して初めての正月でした。義実家や義祖母の家へお邪魔するというイベントにソワソワしていたら、予想外の出来事に後ろから吹っ飛ばされたような感覚でした。

漁師としては珍しい、素潜りの漁を営んでいた祖父は、ガタイが良く、大変元気な人でした。原爆という悲劇を経験しながらも生き延び、家のためと夢を諦め、必死に生きてこられた人でした。

私のイメージは、昔ながらの亭主関白。
じいちゃんが一番で、家のことは私たちに全部まかせっきり。時には怖くて、どう接したらいいかわからないときもありました。

けれどうちの両親が離婚したときには、まっさきに
「まどかに不自由な思いをさせたらいかん」と、いろんな面でサポートしてくれました。本当に、たくさん、たくさん助けてもらいました。

いつも新鮮な魚や海の幸を食べさせてくれたね。
「しっかり食べんさいよ」が口癖だったね。
ありがとう、美味しい!と伝えると、「ほーか」ってうれしそうな顔して、
「これも食べろ、あれも食べろ」と言ってくれるじいちゃんでした。

じいちゃんのおかげで、魚を食べるのがとんでもなく上手になったよ。

ありがとう。
生き様も、容姿も、「かっこいいなぁ、すごいなぁ」と思う人は、じいちゃんしか思いつきません。

さよなら、なんだね。
もっと話したかったなぁ。


…かなしい。

では終わりません。ここからが面白い話です。


大泣きしたのは、


なんかまぁ不思議な話になるんですけど…。

いや、もっとこの話は順を追ってしようと思っていたんですけれども。

私、多少の霊感があるのですね。
(多少どころじゃないわよ~、ほんとはね~という声はさておき。)

私、とある神さまにご加護いただいており、愛でられているのだと、この数年で自覚しました。(なんか文字にすると胡散臭いよねぇ…。)

「ちゃんと受け取れているのか??」と常に疑心暗鬼な状態なのですけれど、師匠ができたからこそ、いろんなことがつまびらかになってきています。

その師匠との出会いも、実はとある方が導いてくださってたり~とか。

(ネタは沢山あるので、またちまちま書いていきます。いろんなところに許可取りはしてますし。もはやフィクションだと思って読んでもらってもいいのかもねぇ、有料にしようか迷いどころ。。)

さて、じいちゃんの話に戻るのですが、霊感と師匠のおかげで、じいちゃんと話をすることができました。

私はみえるのではなく、聞こえる方です。
脳内に響く感覚だといった方が正しいというか、
気配を脳内に感じるというかそんな感じ?

そしたら師匠から、
「じいちゃん、○○神さんのお気に入りやな」
「祖先にものっそい気に入られた人がいるね~」

…こんなこと言われたんですよ。皆様だったらどう思います?w
わたしはオモロ。ってなりましたよ。

確かに、じいちゃんは、海に対して常に真剣で、丁寧でした。
海に対して一切の礼儀をかくことがなかった。

神さまのお気にだなんて、さすがだねぇ、じいちゃん。
かっこいい、海の男だもんねぇ。

神さまが、うちのじいちゃんが亡くなったことを偲んで悲しんでくださっているだなんて。ありがたいねぇ。

ずっと、神さまは見てくださってたんだね。

そうよ、いい子だったの。
ずっと耐えてきたのよ、色んな夢も希望もあったのにね。
身体能力もさることながら、頭もよかったわ。
やりたいことはたくさんあったの。
でも母親や兄弟たちのために、自分を犠牲にすることを選んだのよ。文句を言っていたように見えたでしょうけれど、それでもやることをしっかりやって、そのうえで自分がやりたいことをやれる環境を整えたの。
すごい子だったのよ。
子供たちにとっても厳しい親だったのだと思うけれど、心はとてもやさしかったわ。自分ができなかったことをしようと必死だった。むしろ息子へは、じぶんのようになってほしくない気持ちと、自分とおなじように苦労すべきだという気持ちがせめぎあっていたわね。しんどかったわね。女性についても、かっこいいんだからって、ほんとうにたくさんの人に言い寄られていたものだけれど、いつもおかあさんのことを思っていたわ。
あの女性についても、結局はお金の援助をしただけ。立派な男だったのよ。
決して、あなたのような想像してる人ではなかったのよ。
動物にも海にも、人にも、やさしく大きな子だったわ。よく頑張ったわ。

聞こえたそのまま、自動速記羽ペンのごとく書かせていただきました。
うーん、本当に愛してくださっていたんだなぁ。
孫として、誇らしいですね。

じいちゃんの最後は、なんの苦しさもなく静かだったそう。
神さま、苦しませずに終わらせてくださって、ありがとうございます。

神さまなんて言われてるけど、
お気に入りの子にしてあげられることがこれだけなんて、

いやいや、とんでもないことです。
最後を安らかに迎えさせてくださり、じいちゃんの願いをかなえてくださってありがとうございました。

あの味を、食べてほしいから。


もういくつ寝ると、お正月。

いつも、じいちゃんの家でおせちを囲んでいた正月がなくなるのは悲しいからと、初めて一人でおせちを作りました。

きんとん、なます、ぶりの照り焼き、たまごやき、たたきごぼう、煮豚。

全部じゃないけれど、品数はいつもより少ないけれど、”うちのおせち”を、食べたかったから。
みんなにも、食べてほしかったから。
時代が変わり、人が変わり、変わるものが多い不安定な中で、なにかひとつでも、「いつもの」正月がほしかったから。

じいちゃん、お供えしたら喜ぶかなぁ。

ああ!喜ぶわ!
少しでいいから、お魚もあげてほしいわ。
あなたの手作りというだけで価値があるのよ。お魚は任せるわ。
急がなくていいし、間に合わせようなんて考えなくていいのよ。
正月の刺身はバカ高いし、無理しなくていいわ。
あまりいいのも出てないし。

これを聞いたとき、すごくおもしろかったし、ありがたかった。
まさか正月のお刺身鮮度のことまで把握されているとは。
こちらのことを考えてくださり、本当にありがとうございました。
おかげさまで、しっかりと拵えることができました。



その後

ちなみに、そのあとの話。

じいちゃんの守護神様。
わたしの守護神様。
師匠の守護神様。

神さまたちはそのまま宴会されたそう。

ちなみに、わたしはその夜なぜか深夜3時くらいまで左腕が痛くて寝付けなかったのですが…。

その時間はちょうど私の守護神様が「大盛り上がり」されていたと次の日に師匠から聞きました。

…えーい、なんと心労をかけていることか、思い知らされる。申し訳ない。。。ごめんなさい。。


…いずれにせよ、わたしたち人の子のために心を砕き、悩み、悲しみ、寄り添ってくださっている。本当にありがたい限りです。

守られて、人の子は生きているのですね。

じいちゃん、ありがとう。
神さまが魂を守ってくださるからね、大丈夫だからね。安心して、上に上がってくださいよ。
まだ上がらないなら、私の家でよければ、安全な場所を用意しておくからね。


あ、ちなみに。
お供えするものは、基本的には「食べられる」状態であるといいそうですよ。そして、食べてくれたかどうかは、乾燥具合でみたらいいそうです。

普通じゃありえないくらい、カラカラになります。食べてくれたんだなぁ、とうれしくなりました。

皆様も、ぜひお供えしてくださいね。
きっと喜んでくださいますから。

また、次のnoteでお会いしましょう。



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