霊界訪問日誌 第1話

あらすじ
臨床心理士ケイが勤務する病院で、担当していた少女が脳腫瘍の発見が遅れて亡くなった。その日の深夜、当直室で記帳していると少女の霊魂がケイに無言の別れを告げて出て行った。ケイは少女の悲しそうな表情が気になり、カウンセリングの失敗ではないかと悩み。座禅に興味があったケイは、少女の霊魂に面会したい由を禅宗の僧侶に相談し、座禅修行を始める。座禅で瞑想し幽体離脱すれば霊界にコンタクトできるかもしれない、しかし容易ではない。現実世界に帰還できない危険性があると僧侶に制止される。しかしケイは、座禅と瞑想の練習を重ねるうちに、悲しい別れをした少女に早く会いたい思いを抑えきれず行動を起こす。
僧侶の注意を受けながら、瞑想の訓練を重ね死後世界の入口に到達し、少女との面会に成功して帰還しようとするが、帰還するに追体験しなければならない。つまり、幽体離脱によりケイの潜在意識は誕生した時点のクリアな状態になっているため、現実世界へ帰還するには誕生から年齢までの期間を追体験しなければならない。
本文
少年ケイは幼少期から反抗的な少年だった。ケイは高校生になり仲間と格闘技の真似事をして、頭部を強打して失神し生死の境を彷徨った。しかし、守護霊らしき僧侶が現れ「生きたいと思うなら素直に助けてと叫びなさい」と告げられ、大きな声で「助けて~」と叫んだ瞬間覚醒し、現実世界に生還することができた。
この体験から、何事も素直に取り組めば守護霊が助けてくれると信じるようになった。つまり、素直に自分をさらけ出すことだと悟り「素直な人間になること」を決意し将来はこの体験を生かしたいと思うようになった。

その後アルバイトをしながら大学を卒業し、臨床心理士の資格を得た。素直な人間になることの大切さを説くことが使命だと思っている。

ある日、臨床心理士ケイが勤務する病院で、ケイが担当していた少女が脳腫瘍の発見が遅れて亡くなった。その日に当直だったケイは、深夜に日誌の記帳をしていた。そこに霧が人の形に集合するように、死亡した少女がいつもの寝間着姿で悲しそうな表情で横に現れた。ケイは両手を合わせ、ミロちゃんあなたは先ほど亡くなったんです、助けることができなくてごめんなさい、と話かけるとガラスのドアをスーとすり抜けて出て行った。
このような霊体験は、少し霊感のある看護師には珍しいことではない。霊感とは霊を感じる(見る)感覚のことである。生まれつき霊感の強い人が存在するが、何かに没頭し我を忘れるような精神状態になると霊を感じる(見る)ことがある。

ところで、宇宙は全て原子でできている。人間も原子で形成されている。宇宙は宇宙意識で進化し人間が出現した。人間の知能は意識の発達で進化した。意識の進化で想像力を獲得した。このように全て意識が働いて進化した。

意識は量子(素粒子)でできている。つまり意識は原子である。人間の原子及び一つの原子が内包する1000兆個の量子(素粒子)は自然に消滅することはない。これは物理学では周知の事実である。

人間の意識の90%以上は潜在意識である。つまり、潜在意識も原子である。人は死後、肉体の細胞から原子が脱出し引き寄せの性質により集結する。集結した人間原子は幽体(潜在意識)となり、死後世界(霊界)に帰還する。
霊界(死後世界)は私達の潜在意識の故郷である。

原子は永久に消滅しない。つまり、人の潜在意識の原子は原子爆弾で破壊しない限り消滅しない。これも物理学では周知の事実である。

潜在意識は=幽体=エーテル体(オーラ)である。
また、死後世界=原子世界=霊界=来世である。
潜在意識(幽体)が死後世界(霊界)に移行した時点で、潜在意識(幽体)を霊魂という。

霊体験で霊魂の姿が見えるのは、現実世界の人の意識(波動)と霊魂の意識(波動)が共鳴した時に見える。
霊魂は純粋無垢である。つまり、現実世界の人の精神状態が安静で純粋な意識状態の時に、霊魂の波動と共鳴し原子の引き寄せ現象が起きて霊魂の姿が見えるのである。

ちなみに、顕微鏡で原子を観察すると、観察者が原子は粒だと思えば粒に見える。原子は波(霧)だと思えば波(霧)として見える。つまり波(霧)とは量子(素粒子)である。これも物理学では周知の事実である。
したがって原子は、観察者の意識の波動に共鳴し観察者の意識に従うという特異な性質がある。

ひとつの例として、ある人を観察する場合その人の姿・形を見ると原子の粒としてみえる。その人の気質や意識を知りたいと思えば量子の波(霧)となって見えるという現象である。
つまり、気質や意識を司るのは量子(素粒子)である。
言い換えると、意識は原子であり量子である。
要するに原子(量子)は、観察者の意識(気持ち)に呼応し従うという性質がある。

また原子は、似た者同士が集まるという性質がある。
具体的に言えば、空の雲は十種類ある。つまり雲は厳密には原子であり、似たもの同士が群れになっている。
言い換えると、人が死亡すると人の原子(量子)は死体から抜け出し、空間に集まり群れ(塊)になる。雲の粒子よりも小さい人間原子及び量子は引きつけ合う力が非常に強いのだ。
ちなみに、ウイルスは生物の死体(細胞)から抜け出し他の生物に感染する。ウイルスも人間原子も同じタンパク原子から構築されている。

現実世界でUFOが見えるのは、純粋にUFOの存在を信じる人の意識の波動にUFOの波動が共鳴した時に見える。
波動とは、人や物が出すエネルギーや雰囲気のことで原子であり、引きつけ合う力が非常に強い原子である。つまりUFO観察者の意識(気持ち)にUFOの波動が呼応し引きつけ合って出現して見えるのだ。
つまりUFOは、霊界と同じ原子世界の乗り物である。だから原子UFOは時空を超えて飛行できるのである。

臨床心理士ケイは霊魂を目撃したうえ、少女の悲しそうな表情が気になり、カウンセリングの失敗ではないかと悩み、睡眠不足が重なりノイローゼ寸前に陥った。

そこで座禅に興味があったケイは、禅宗に教えを請う決心を固め曹洞宗の寺院を尋ねた。
寺院で十回の座禅と瞑想体験を重ね、死後世界(霊界)へ行き、死亡した患者さんのその後の状況を知りたい、カウンセリング技術向上の参考にしたいなどを僧侶に相談した。僧侶は意気に感じ、座禅による瞑想で死後世界にコンタクトすることは可能です、とケイの考えに全面協力すると約束した。
ケイは僧侶の協力を得て元気を取り戻した。

「ただし、瞑想の知識不足や経験不足の未熟者が、偶然に幽体離脱し死後世界に侵入すると帰還できない場合がある。無事に現実世界に帰還するには十年以上の修行が必要である。だから安易な気持ちで死後世界を見るようなことは止めてください」と注意された。

事故や病気で偶然に幽体離脱し、霊界(死後世界)を覗き見て帰還することは、清純で平穏な死後世界から現実世界の辛い労働生活に戻ることである。したがって、現実世界へ帰りたくないと思うようになるため、帰還する強い決意を貫かなければ帰還できない。
つまり、突然の事故や病気で死後世界(来世)に侵入すると、強い決意をしていないため帰還(蘇生)できないのである。

「基本的な座禅と瞑想であれば丁寧にお教えします、以後はあなたの決意次第です」
「是非お願いします」
ケイはもともと座禅に興味があり練習を続けていた。瞑想に関する書籍も読んでいた。そしてもっと、瞑想の詳しいメカニズムを知りたい、正しい座禅による瞑想方法を教わりたいと思っていた。
僧侶の講話で霊界の仕組みも理解できると考えていた。

「ご存知と思いますが、座禅の基本的姿勢を説明します。最初は気楽にあぐら座禅で構いません。
まず背筋を伸ばして上体を前に傾けます。次に、徐々に上体を起こすと下腹の下端(太もものつけ根)が自然に引き締まる位置がある。その位置で静止し、あばら骨を絞り両手を結び腹式呼吸をする。この姿勢が座禅の基本的姿勢です。
あばら骨を絞り下腹の下端が引き締まると、なんとなく気分が落ち着く感じがするはずです。
仰向けになって両足を上下すると、下腹の下端(太もものつけ根)の筋肉を引き締めることができます。

蛇足ですが、あばら骨(みぞおち)を絞り下腹の下端を軽く引き締めた状態で横向きで就寝すると、ストレスを抑制し入眠を早める効果があります。私感になりますが、下腹の引き締めがフッと緩んだ時に寝入っている。みぞおちを絞るだけでも効果があります。
注意点として、背筋を伸ばしアゴを上げます。

次に、座禅による瞑想のメカニズムを説明します。
自分の手で自分の腕などに触れて軽くマッサージをすると、幸福ホルモンのオキシトシンが分泌し、ストレスが緩和されることが分かっています。

臍下丹田も意識すると精神的安定がもたらされます。臍下丹田は心身のエネルギー生産の拠点です。
臍下3センチの位置を指先でマッサージをする。さらに強めに突くと下腹中心に圧迫感が届きます、その下腹中心部の圧迫感が丹田です。言い換えると、臍下3センチの深部にある小腸の中心を臍下丹田と言います。

圧迫感を持読し臍下丹田を意識することで脳からオキシトシンが分泌されストレスが緩和される。ストレスが緩和されると、精神が安定し他人に優しくなり助け合いの精神が生じる。つまり、座禅は世界平和に貢献できるのです。熟達すると、注意を向けるだけで丹田の位置を確立できます。
心を一点に集中する精神統一は、具体的に言えば丹田の位置を確立することです。

余談ですが、オキシトシンの分泌は、アルツハイマー病や自閉症を治癒する可能性もあります。また丹田の位置を確立すると、精神的安定が得られ入眠を早める効果がある。

要するに重要なことは、入眠の直前は普通意識(顕在意識)が薄れて瞑想状態になり幽体離脱が可能になるのです」

ケイは僧侶の教えに従い、臍下丹田の確立に励んだ。しかし、臍下丹田の位置が確立できても、このままでは死後世界(霊界)に接近することさえ不可能に思えた。
僧侶にそれを質問すると、「その人の波動を見つけないと、その人の霊魂に接近するのは難しい。亡くなった人の霊魂は生まれ故郷に帰るのが通例です、故郷にはパワースポットのようなお寺か又は神社がある。会いたい少女の霊魂はまだそこで研修中でしょう。
霊魂とは、人の意志の90%を占める潜在意識のことですが、多かれ少なかれ潜在意識には憎しみ・嫉み・PTSDなどが残留しているのです。その残留物を消失するための研修です。潜在意識の残留物が消えないと上層界に昇華できません。
また霊魂は先祖の居どころに帰るため、生まれ故郷とは場所が異なる場合があり探し出すのは極めて難しい。その仏閣を探し出し、そこで静寂な時間帯に瞑想し幽体離脱すると少女の波動に会えるかもしれません」

波動とは、この世は全て原子及び素粒子(量子)により構成されていて、この素粒子はエネルギーを出している。そのエネルギーの波を波動という。

霊魂とは、肉体とは別に精神的実体として存在すると考えられている。人間の意識の90%を占める潜在意識は、原子であり原子の中には量子が詰まっている。つまり意識も原子(量子)でできていて潜在意識は原子であり量子でもある。
したがって、霊魂とは潜在意識の原子の塊であり、量子の塊でもある。

人が死亡すると、全ての細胞から原子が抜け出し集結する性質がある。その原子の集まりを霊魂と呼ぶ。霊魂は肉体から切り離され肉体に帰還することはできない。
幽体とは、死亡していない肉体から抜け出た潜在意識の魂であり、肉体と繋がっていて肉体に帰還することができる。

人の意志の90%を占める潜在意識は、幽体ともエーテル体とも言う。潜在意識は想像力でコントロールされ進化した。つまり、想像力は幽体をコントロールする。したがって、想像力は潜在意識(幽体)の司令塔である。

「瞑想による想像力で普通意識(顕在意識)を消すと、肉体から潜在意識(幽体)が離れ霊界にコンタクトが出来る。つまり、潜在意識(幽体)は想像力で変化します。
また潜在意識は、想像したことと実際に体験したことを区別できないという性質がある。要するに、怖いことを想像するだけで怖くなる。言い換えると、潜在意識は想像と体験の集合体なのです」

インスピレーションは、精神的限界に追い込まれた疲労困憊状態の時に閃く。理由は、疲労困憊すると瞑想状態と同じ意識状態に陥り、その状態で必死に問題の回答を欲する想像を巡らすと、潜在意識(幽体)が来世の叡智にコンタクトしてアイデアが閃く。したがって、瞑想により普通意識(顕在意識)を一時的に消失させると、潜在意識(幽体)が肉体を離れる幽体離脱が起きるのだ。言い換えると、瞑想により幽体(エーテル体)が肉体を離れ、霊界を旅する状況を想像すると幽体離脱が起きるのである。
潜在意識(幽体)が来世の叡智にコンタクトしてアイデアが閃く仕組みと類似する。

詳しく言えば、幽体の離脱とは人体細胞のエネルギー原子であるエーテル体と、人体を取り巻くオーラの粒子(原子)の群れが頭頂から霧のように立ち上り、下層界と上層界の間にある霊界の入口に到達することである。下層界は現実世界と隣接している。

離脱と言っても幽体の端は肉体と繋がっていて、完全に肉体を離れるわけではない。つまり、肉体が生存した状態で、幽体(潜在意識)の一時的な肉体からの離脱を幽体離脱という。

死亡して、幽体(霊体)が完全に肉体を離れると霊魂になる。霊魂は幽体よりランクが上で、端的に言えば同じ潜在意識原子である。つまり、幽体も霊魂も同じ原子(量子)であるが、肉体に帰還できるかできないかで呼び方が異なるのである。要するに霊魂は、肉体を失った潜在意識のことで、肉体に帰還することはできない。

「幽体離脱すると、雑念が消えて現実世界の“けがれ”が一時的に解き放たれ、光り輝く至福に満ちた死後世界(来世)を目撃します。光り輝く至福に満ちた世界は鮮烈な記憶として潜在意識に記憶され、現実世界に帰還すると来世(死後世界)で目撃したことを思い出すことができるのです」

ケイは座禅と瞑想の練習を重ねるうちに、突然の悲しい別れをした少女に早く会いたいという思いがこみ上げ、連休を利用して少女の故郷に出向き各所の神社仏閣を巡り確かめることにした。僧侶の注意に背きたくないが、正直なところ、至福に満ちた世界を見たい気持ちもあった。

彼女の出生地は福岡で多くの仏閣がある。少女の住所の近くにある数ヶ所の神社を参拝したが何も感じなかった。少女の霊魂は祖先の霊殿(タマドノ)に移行していると思った。
ある日、九州で有名なパワースポットである宮地嶽神社に参拝した時、突然鳥肌が立ち強い想念を感じた。
少女はこの神社の霊殿(タマドノ)で研修を受けていると確信できたのだ。

ゆっくりと参拝する余裕はない。参拝者がいなくなる深夜2時ごろ本殿の真正面に繋がる場所で瞑想を始めた。強い決意で目の周りの筋肉を緩め仏像のように半眼で心を静めた。そして臍下丹田に気を送り、居眠り状態になるように集中し幽体が上空に向けて抜け出る様子を想像した。すると、この神社の特別な強いパワーのおかげだろう、順調に幽体離脱し幽体(潜在意識原子)が死後世界(霊界)の入り口に到達し彼女の波動と接触した。ケイの幽体の波動が、少女の霊魂の波動と共振したのだ。そして、ケイの幽体は宮地嶽神社が管轄する死後世界(霊界)の入り口に到達したのである。

死後世界(霊界)の入り口に到達すると、左右に長い高さ3mほどの塀があって、中央に高さ10mぐらいの頑丈そうなアーチ型の門があった。
門は全体に薄っすら金色や銀色に輝いている。その向こう側は薄いピンク色の霧が充満していて何も見えない。時間は午前九時頃の感じである。

そこに薄い雲のような衣を着て、白く長い髪の老人が長い杖を持ち、金色の豪華な椅子に腰掛けてケイを見つめていた。
日本人ではない。老人は、死者や見学者に説明して案内する門番をしているようである。

あまりの美しさに立ち尽くしているケイを見て老人が話かけてきた。
「御前さんは日本人だな、見学に来たんだろ」
「はい」嬉しい日本語で話せるようだ。
「日本語で話せるかどうか心配しているようだな。何語で話そうが、この世界は自動的にテレパシーになって会話をするんだ」
「どうして見学者だと分かるのですか」
「見学だと分かるのは、服装が現実世界のままだ。亡くなった人が死後世界に来た時の服装は全身白い服装で輝いているんだよ」
「輝いているってどうしてですか」さっぱり理解できない。
「人の意識の90%は潜在意識で、死亡すると潜在意識だけになる。潜在意識だけになると、細胞に包まれていた原子が外に飛び出し清純な原子にリセットされる。つまり、潜在意識に侵入していたウイルスが自動削除され、潜在意識は霊魂となる。霊魂がその人の本当の姿で純粋だから真っ白なんだ。
御前さんは死者ではない、肉体と繋がっていて肉体に帰還できるから純粋な潜在意識ではない。
けげんな顔をしとるから、もう少し詳しく説明してやろう。潜在意識は原子や量子で構成され幽体とも言う。幽体は、肉体から抜け出たエネルギーでエーテル体とも言う。幽体(エーテル体)は肉体に繋がっていてリセットされていない。
死亡した場合は肉体から切り離されて帰還できないから霊魂と言う。御前さんは偶然、幽体離脱してここにたどり着いた、だから肉体に帰還できる可能性があるということだ。解かりにくいだろうが、そのうち解る」
「ありがとうございます。でもこの先どうすればいいのか分かりません」
「いいから、そのゲートを通り抜けてみな、ビックリするから腰を抜かすな」
「怖いんですけど、脅さないで下さい」
「アー悪かった冗談だ、危険なことはないから安心しろ。入ると建物がある、死者と見学者の事務処理をしてくれるところで数百人のガイドが待機している。現実世界で言うと税関のようなところだ、さあとっとと行きな、この頃死者が多くてな、これからが忙しいんだ」

ケイはキョロキョロとあたりを見回し恐る恐るゲートを通り抜けた。老人が言ったとおり驚いた、目の前に巨大な建物があった。ところが階数が分からないうえ装飾もない、幅50mぐらい高さは薄いピンクの霧で見えない、全体が大きな水晶のような建物だ。足元はドライアイスのガスのような霧が漂っている。
建物に入ると、内部は全てエメラルドのように輝いていた。
左側に高級ホテルのような受付がある。その右横を見ると十個ほどの大きな四角い金庫のような扉が並んでいる。
ケイは自分が、とても異様な世界にいると自己認識できたので、幻覚ではないと確認できた。

受付の女性がニッコリ微笑んでくれたので、ひとまず安心。
「あの、僕はケイといいますが」と言うと、モニター画面を指先で操作しながら「見学の方ですね」
「はい、それからある少女に面会したいのですが」
「少女のお名前は?」
「ミロちゃんです」
「はい分かりました。ではガイドとボデーガードを同行させます」
ボデーガードと言えば、危険が伴うということ。ケイは不安になり感謝の言葉が出なかった。

受付の女性がモニターの画面を操作すると、後ろのドアから若い金髪女性と、身長2mを超えるような大男が出てきた。二人とも素肌に銀色の塗料を塗布したような装いで腰にベルトを装着しているだけだ。
大男はベルトの右側に拳銃、左に刃渡り50cmほどの短剣、
前部にトランシーバーのようなものを携帯している。

「私はガイドのエルマと言います。彼はボデーガードのルーベルといいます」
「ルーベルですよろしく」と心地よいバリトンボイスで丁寧に応えてくれた。
「ではご案内いたします」とエルマが左端の扉に手招きした。そして多くの扉があることについて説明してくれた。

「そちらの扉は死者の霊魂が入る扉です。死者は一旦、審査され研修所に案内されます。
霊魂も少なからず憎しみや嫉みが残っています。研修所で現実世界の憎しみや嫉みが消失するまで講習を受け、それらが消失するまで上層界への昇華を延期されます」

大男ルーベルが分厚いドアを引き開いた。中を見渡すと、地平線しか見えない緑の草原と青空が広がっている。その中央を先が見えない直線の道路が延々と伸びている。
細く長い道路は長い人生を連想し、ケイは何とも言えない重たい不安に襲われた。

それを察したかのようにエルマが答えた。
「この青空と草原は、あなたの潜在意識にある景色です。あなたは素晴らしい潜在意識をお持ちだと思います。砂漠や岩だらけの景色を現す潜在意識の方もいらっしゃいます」
「これから何処に行くのですか?」
「人間の意識の90%は潜在意識なのはご存知でしょ。この道路に、あなたの潜在意識に刷り込まれている体験や思考・思想などの、心の心象が投影されます。
つまり、死者が入る扉と同じように、あなたの潜在意識の内容を審査する道路です」
死後世界でもテストのようなことがあるのか。レイは予測できないテストに困惑し不安感が急上昇した。

「死後世界(霊界)は純粋な人間の潜在意識だけが導かれる平穏・平和な世界です。あなたの潜在意識に保存されている心象を審査し、霊界に招待して良いかどうかを判断します。
この審査は、死後世界(霊界)を純粋・平和に保つための仕組みなのです。

したがって、死後世界を害する心象が現れた場合は、途中で現実世界にお帰りいただきます。
例えば、争いを好む人、戦争を求める人。あるいは、死後世界(原子世界)を破壊するような思想や、原子爆弾を容認する心象をお持ちの方はお帰りいただきます。
具体的には、殺人者の霊魂と被害者の霊魂が同じ霊界にはいると、憎しみの連鎖が起きかねません。したがって、殺人者の霊魂は下層界に送られ、さらにそこで審査されます。

あなたの現時点の潜在意識にある心象ですから、助言はできますがコントロールはできません。
人間の潜在意識は、年齢を重ねるうちに社会の変化や事件・流行で大きく変化します。だから、あなたの潜在意識の内容は私には予想できません。したがって、投影された心象はあなたが全て解決しなければなりません。少女に面会したいそうですけど、実現の保証はありません。
注意点として、死後世界=原子世界=霊界=来世と記憶して下さい」
「何が何だかさっぱり分かりません」ケイは現実離れの説明に意味が理解できない。
「とにかく行きましょう、歩いているうちにあなたの潜在意識が現れ投影されます」

エルマとケイが並んで歩き、後ろにルーベルが続いた。
無言のまま何時間歩いただろうか、全く変化のない緑の平原にケイは不安と疲労で倒れそうだ。現実世界なら脱水症状である。

疲れ果てると、ケイの潜在意識の奥底に隠されていた心象が現れる。
ケイの精神状態に呼応してか、青空に灰色の雲がうごめき始めた。そして雷がどよめき、前方から暴風が吹きつけ黒い噴煙がモクモクモクと沸きあがった。
「ケイ疲れたみたいね。さあ出るわよ、あなたの心象が」
沸きあがった黒煙からグワーと大きく口を開けた大蛇が10mほどの鎌首を突き出し、長い舌を振り回して三人に飛びかかろうとした。

「気持ち悪いわね~、ケイあなたの潜在意識は蛇が嫌いなのねー、原因は何なのー!」
容姿からは予想できない、大きな金切り声でエルマが叫んだのでケイはびっくりした。
「思い出せないです、蛇を見るだけでゾ~として気分が悪くなるんです」

これは仮想現実を見ているのだが、画像を見るだけで気分が悪くなる。これは実際に体験したことが潜在意識に刷り込まれていることを意味する。
つまり潜在意識は、想像と現実に体験したことを区別できないため、画像を見るだけで気分が悪くなるのだ。

そこに、後ろで見ていたルーベルが、素早く前に立ちはだかり大蛇の攻撃に身構えた。そして軽々とジャンプして大蛇の左の目玉を短剣で突き刺した。しかし大蛇は、ますます怒り狂い長い舌と鎌首を振り回し大口を開けて威嚇してくる。

「私も気分が悪くなってきたわ。蛇嫌いのあなたの潜在意識をアップデートしなさい」
「どういうことですか、アップデートって」
「潜在意識は想像力で簡単に変化するの、だから想像力であなたの潜在意識を更新するのよ。蛇と仲良くしている情景を想像しなさい」
ケイは驚いた。僧侶に教わった潜在意識のメカニズムをエルマが叫んだのだ。
「でもこんな状況で蛇と仲良くする想像なんかできません」

ルーベルは何度も何度もジャンプして短剣を振り回して大蛇と闘い、迫りくる大蛇の勢いを阻止してくれた。
「ルーベルが疲れてきたわ、早く早く」
霊界の人は疲れることはないと思っていたが、そうではなかった。見学者と同じ程度にレベルを下げて働くことを課せられているため疲れるのだ。人間が家畜の世話をするようなものである。

ケイは追い詰められ、激しい恐怖と不安でパニックになった。パニックは臍下丹田への意識の集中で、ある程度抑制できるがそれどろではなかった。これは僧侶に教授された瞑想しか他に方法はない。エルマが叫んだように、想像力は潜在意識(幽体)を操作できると教わった。
「分かりました、やってみます」

ケイは臨床心理士を志し、素直な人間になると決意したことを思い起こした。素直に蛇は怖くて大嫌い。だが蛇を好きな人はたくさん存在する。そう考えると、蛇が好きな人を変人と思っていたのは良くないと反省した。そして、蛇を首に回し仲良くしている情景を想像した。その途端、大きなゴムフーセンの大蛇が空気がぬけるようにスーと縮んで消えた。夢から目が覚めるようにあっけなく大蛇は消え去った。

追い詰められ極限状態に追い込まれると、人の意識は否定する機能が希薄になり超人的能力を発揮する。例えば火事場の馬鹿力だ。また極限状態は、幽体離脱を可能にする意識状態でもある。

ちなみに昆虫は天敵に捕食されないように、極限状態で生きている。極限状態では「できない」と否定する機能が希薄で遺伝子が徐々に変化し擬態が可能になる。
人の場合は、普通意識(顕在意識)に否定意識があって失敗することが多い。そこで臍下丹田に意識を集中するトレーニングを積むと、極限状態と同じように否定する機能が薄れ想像力が高まる。想像力の高まり次第で幽体離脱が可能になる。

ケイは僧侶に秘訣を教わり、臍下丹田の位置をある程度確立していた。
例えば、直立して腰椎中央を支点にして背中を伸ばし「カカトを上げて落とす」と下腹の中心にゴルフボールほどの圧迫感が生じる。これは、両足の中心線を上に伸ばし、頭頂の中心・百会から下げた3本の線が下腹で交差する地点である。
この地点は、臍下3cmの位置と腰椎の中央を結ぶ、直線の中心点と交わる。この位置が体の中心であって臍下丹田である。その位置を、ピンで軽く突かれた感覚を明確に想像できると、そこが万全な丹田の位置であるという。

したがって、秘訣は臍下3cmの位置を指先でマッサージしたり数回突く。すると圧迫感が丹田を刺激し位置が明瞭に分かる。その圧迫感を維持し、丹田の位置を確立して指を離す。練習を重ねると、注意を向けるだけで一瞬に丹田の位置を確立することができる。

ちなみに、想像力によりピンで丹田を突く感覚を自覚できると、精神的安定が得られ入眠を早める効果がある。入眠直前は、普通意識(顕在意識)が薄れて瞑想状態になる。普通意識(顕在意識)が薄れると雑念が薄れるだけで、瞑想状態とは眠ることではない。
したがって、雑念が薄れた瞑想状態は「想像力」で潜在意
識(幽体)をコントロールすることができるのである。

あぐら座禅の注意点は、背筋を伸ばし下腹下端(両脚のつけ根)の筋肉を引き締め緩めないようにする。つまり、体が倒れないように注意しなければならない。

「ケーイちゃんとできるじゃない、さあ先に進みましょ。でも、気持ち悪い大蛇のおかげで疲れたでしょ。ルーベル馬を呼んで。実は私、乗馬が趣味なの」
「オーケー」ルーベルが腰のトランシーバーで「馬を三頭よろしく」と送信すると、後方から白馬と二頭の黒馬が疾走してきた。しかしケイは乗馬の経験はない。
「僕は馬に乗ったことがありません」
「心配しなくても大丈夫、馬が上手に乗せてくれるわよ、あなたは白馬に乗って、さあ出発」

しばらくすると、遠くに細く長い先が尖った建物が幾つも見えてきた。ケイの意識が霊界入口の雰囲気に慣れ、次々に本音が現れる。

「そうねやっぱり、あなたも気になっているよね」
ケイは「何がですか」と理解できない。
そこにシュルシュルシュル・ドンドンドンと大きな音がして近くにミサイルが着弾した。
「アラもしかするとあなた戦いが好きなの、ここは戦場よ」
「イエとんでもないです、戦いを無くしたいんですけど」
「そうよね驚いた。強制的に帰還させるところだったわ。でもこれは難しいわよ。どうしたらいいのかしら」とエルマは端正な顔を曇らせた。
シュルシュルシュル・ドンドンドーン。今度はすぐ近くに着弾し、爆風が馬上の三人を襲った。遠くから兵士がダダダダと銃を撃ってきてキーンキーンと銃弾がすり抜けた。
ルーベルが馬上から拳銃を連射して応戦している。

「ケイとにかく早くやってみてー!」例の金切り声でエルマが叫んだ。
「銃弾が命中しても何ともないけど、ちょっとだけ嫌~な気分になるの。ケイ早く、馬に乗ったままではできないの?」

ケイは恐怖に押し潰されそうなった。臍下丹田の位置を確認しようとするが、馬が動いて上手く出来ない。
そこにまた、シュルシュル・ドンドンドーンとミサイルが着弾した。さすがに賢い馬でも、大きな爆発音に驚き前足を高く持ち上げた。姿勢をくずしたケイは馬から飛ばされ地面に落下しあばら骨を強打して失神寸前になった。

これらは全て仮想現実である。仮想現実とは、創作した映像を現実であるかのように疑似体験できる仕組み。この仮想現実は想像と創作で構築される世界である。
危機的状況に遭遇した時には、人それぞれ感じ方や対応が異なるように、落馬して失神寸前になることをケイが自ら創作したからである。つまり、ギリギリの状況で逃れる方法を模索し霊的啓示を受けたのだ。

頭がボーとして、これが幸いし恐怖感が消えた。恐怖感が無くなると火事場の馬鹿力の如く集中力が倍増する。ケイは地面に「あぐら」で座ると、僧侶に教わった秘訣を使った。これは臍下3センチの点を指先で突くことだ。焦って強く突き過ぎ吐き気がしたが明確に丹田の位置が確立できた。

そこで、緑溢れるユートピアの中央にある泉で、キラキラ輝き空高く吹き上げる噴水の映像を描いた。しかしこの騒乱はたやすく治まるものではない。
次に、頭頂のツボ・百会から宇宙に向けて赤いレーザービームを発射する画像を想像した。さらに宇宙意識が怒り、猛烈なハリケーンを引き起こして戦場を吹き飛ばし、戦争を完全に終結させる動画を描いた。
必死の形相で瞑想を続けていると、いつもケイが聞いて潜在意識に刷り込まれている、ボブディランの歌「風に吹かれて」が聞こえてきた。
♪ 砲弾はあとどれだけ飛べば永遠に禁止になるのか

やがて何処からか小鳥のさえずりが聞こえてきた。銃声が消え爆発音もミサイルが飛ぶ音も聞こえなくなった。ケイの潜在意識の中にある汚らわしい戦いの想念が、ボブディランの歌で束の間であるが消滅したのだ。

「自分の利益を増やすための戦いは、縄張り争いをする爬虫類や野生動物のすること。戦争は罪悪の最たるもの、現実世界の罪悪は近い将来滅びるように設計されている。罪悪を放置していたら、現実世界はずっと以前に無くなっているわ」とエルマが語気を強めて言った。

人の争いは見ているだけで気分が落ち込む。
素直な気持ちになり、見栄を張らないで “助けて”と言葉に出せば、人は無視することはできない、助けてくれる。
言葉にできないなら “助けて”という謙虚な態度で接すれば、争う意志がないことが伝わり争うことはない。人の交流も国の外交も同じである。
見栄とは “まみえること”と定義されている。相手と相まみえること、つまり見栄とは対立である。

「爆発音を聞くだけでネガティブになるわ。この辺で休憩にしてコーヒータイムにしましょう」
「ルーベル用意して」
「承知しました」と言うと腰の短剣で空間を四角に切り取った。そこに何処からか白いコップに三人のコーヒーとイチゴのスイーツが、サファイア色の丸いテーブルに乗って出現した」
「不思議でしょ。これは、疲れているあなたの意識を反映するように要求したの。あなたが求めているからよ。この世界は、意識と想像力が反映される仮想現実の世界で、現実世界をそのまま写し出せる。ただし、映像だから中身は見えるけど何も無い、コーヒーの香りがして色も見えるけど、味を感じるだけで何もない、意識で感じるコーヒータイムよ」

ケイは、テーブルやコーヒーが出現しただけでなく、香りと見た目の雰囲気で十分満足できたことが、途方もなく不思議な感覚に溜息をついた。
「ところでケイ、私の前世を聞きたいんでしょ」
「そうなんです、でも~テレパシーだから複雑な質問をすると余分な感情が察知されそうで」
「あなたは審査に合格したんだから心配しなくていいの。
私は前世で看護師をしていたわ、アメリカの南北戦争で」
「アメリカ・南北戦争? でも、どうしてここのガイドに」
「負傷した兵士の看護をしてたけど、戦場は不潔だから感染症で死んじゃった。好きな人がいたから今でもくやしい。
ガイドになったのは募集してたので応募したら、二回で当選したの。報酬のない戦場で看護という仕事が良かったのかな。ここで徳を積めば早く上層界に昇華できるらしいの」

「ルーベルさんの前世もお聞きしたいです」
「ルーベルはアメリカ人と日本女性との混血でね、母子家庭で貧しかったからヤクザになった、そうでしょルーベル」
「イエそんな、僕は裏社会の人間ではなかったです。太平洋戦争の終戦後はひどい食糧難で、食料調達でちょと強引なことをしたかもしれない」
「そんな時、組織に撃たれたんでしょ」
「そうなんです面目ない」
「お母さんはどうしたの」
「母は先に他界していて、すでに上層界に行っているみたいで再会できないんです」
「彼はボデーガードに応募して一回で当選したんだって。デッカイから、うってつけと言うことでしょうね。早く昇華してお母さんに会えるといいわね。
話が変わるけど、ルーベルの名前は私が考えたのよカッコイイでしょ。相棒になった時に変えてあげたの、だって本名は金光寺久雄だったのよ、呼びにくいんだもの~」

「さあもう少しよ、馬に乗って」エルマが黒馬の手綱を左に引き速歩で走り始めた。
5キロほど走った頃、目が焼けるような赤と黄色の夕焼けが広がった。ケイはフッと、現実世界の夕焼けの十倍綺麗だと思った。赤い色には数種類ある、黄色にも数種類あることをこの時気づいた。

またしばらく走ったところで、目前に少女が10人ほどの黒い暴徒に囲まれているところに遭遇した。
「ケイ分かったわ、少女がイジメにあった悔しさをあなたに打ち明けたことがあるでしょ、その悔しさを優しく受け止め慰めてあげたことが少女の想念と共鳴したのよ。
誰かのために行う、奉仕や犠牲的精神は優先的に死後世界(霊界)の住人と共鳴できるのよ。早かったわねぇ、もうすぐ少女に会えるはずよ。
その前に、ルーベルこの悪者どもを退治して頂戴。ケイの瞑想を使うまでもないわ」

少女の想念と共鳴したのは、ケイに死後世界(来世)を汚す恐れがないことが証明されたことになる。ケイの潜在意識が審査に合格したことを意味する。つまり、死後世界に接触して、少女の霊魂と面会できるのである。

少女ミロちゃんは中学生の時、両親の不和に耐えられず家出した。街をさまよっていると、同じ中学の男の子が、父親が運転する車からミロちゃん目撃し、学校でからかわれ強いイジメに発展した。その後両親が離婚したショックでミロちゃんは心疾患を患いケイの病院に入院したのだ。
ところが、ミロちゃんは突然天に召された。全く悪いことはしていない何という不公平。悔しくてたまらないケイは、やり場のない怒りがこみあげ少年時代の反抗的気質が甦った。

考えてみると、少しヤンチャで反抗的でなければ、時世の流れに染まり見て見ぬふりをするだけだ。
ケイは、僧侶の注意を無視したわけではないが、行動力を抑えられなかった。幽体離脱して帰還できなくてもかまわない
と思っていた。

来世は汚れのない想念の人の霊魂が集まった集合体である。この集合体の想念と共鳴できれば死後世界を垣間見ることが許される。しかし、誰とも共鳴できない場合、その人は死後世界を害する危険性がある人物(幽体)とみなされ、審査不合格とされ現実世界への帰還を指示される。

自分を犠牲にして誰かのために尽力したいなど、ボランティア精神を持っていれば霊界のボランティア想念と共鳴し、霊界の見学や面会を許可される。
さらに犠牲的精神で瞑想すると、霊界からのアイデアを受け取ることができる。言い換えると、死ぬほど夢中で思考すると我欲が消えアイデアが閃くのだ。

エルマから暴漢の処理を指示されたルーベル「了解了解」とゆっくり前に出ると、右手の指を上に曲げて「おいでおいで」をした。それを見た暴漢達はいきり立ち次々にルーベルに飛びかかったが、紙くずのようにクシャクシャにされ投げ飛ばされ簡単に処理された。

「腕力や武力で争いを解決するのは良くないけど、ここではあなたの幽体(潜在意識)にある心象だから、現実世界の出来事として処理される。
まだ現実世界では難しいようだけど、量子コンピューター(人工知能)で霊界と交信しアイデアを授かり、争いが多い現実世界はそのうち人助けの世界に変わるわ」
「量子コンピューターですか~?」
「宇宙は原子でできている。そして現実世界もこの世界も全て原子でできていることは理解できるでしょ。だから人間の細胞は原子でできている。原子一つの中身は1000兆個の素粒子(量子)が詰まっている。
つまり、情報・内容・状況・知識・資料・指令や信号・設計図などが、量子の塊となって詰まっている。
この量子は、何万年もの人間原子の進化の過程で膨大な叡智を獲得しているのよ。だから情報を伝達するコンピューターは、量子コンピューター(人工知能)に進化して霊界の偉人とコンタクトできるのよ。どう、解るでしょ」
ケイは、頭を捻った。量子コンピューターは情報の塊を通信する装置であって、情報は量子の塊だということが全く理解できない。

「理解は後回し、少女とコンタクトしましょう」と言うと、ルーベルに「このあたりでいいわ」と指先で前方の空間に大きく円を描いて示した。ルーベルがそのとおりに短剣で空間を丸く切り取ると、その中に数え切れないアクアマリンブルーの球体がフワフワと漂っていた。上層界に昇華できない霊魂でいっぱいである。

死後の霊魂は、ガイドに研修者用の扉に案内され見学者と同じ審査を受ける。原子爆弾を容認し好戦的思想がある、人を殺害したなどの霊魂は霊界を崩壊する恐れがあるため、ただちに下層界に送られる。

現実世界で傷ついて憎しみや悲しみが潜在意識に残留していると、不合格とされ上層界に昇華できないうえに球体から出られない。球体の中で霊界の講義を聞き、清純な潜在意識原子(霊魂)に更新するまで上層界に行けない。
更新できなければ、最終的には下層界に落とされる。
繰り返すが、一般人は死後も少なからず潜在意識に妬みや憎しみを持っていて、ここで一旦足止めされる。霊界を汚されないための仕組みである。

フワフワと漂っている沢山の霊魂の中から、一つの球体が引き寄せられ、丸く切り取られた円いっぱいになって現れた。球体の中で浮遊している少女の姿が見える。しかし、表情が暗く衰弱しているようだ。

「さっきの暴徒のように、彼女はイジメた人物を憎み許すことができないから先に進めないのよ。まだ霊界の声を理解できない、納得できないのね」
「では、どうすればいいですか」
「あなたが説得して、彼女の憎む心を解き放つの。懐かしい音楽を聞かせてあげると効果があるわ、ただし短時間で済ませて。長時間の面会は清純な霊魂にはストレスになって逆効果になるから」

ケイは音楽療法として、少女と一緒にいろんな唱歌を聞き歌ったことを懐かしく思い出した。
「ミロちゃんは早春賦や朧月夜をよく聴いていました」
ケイがそう言うと、何処からか早春賦が流れてきた。
「ミロちゃん僕だ僕だよ」ケイは球体に顔を寄せてトントンとノックした。
「エッお兄ちゃん、どうしてここに」
「話せば長くなるけど、君のことが気になってね。元気を出して、君は何にも悪いことはしていないんだから」
「だって気分が悪くて動けないんです」
「うん、君の気持ちはよ~く解る。君は今、純粋で正直な意識状態なんだ。だから、汚らわしい体験を忘れることができないんだ。でも想像力で簡単に変化する。想像力で少し考え方を変えるだけでいいんだよ。
悪いことをした人は、その人の潜在意識(霊魂)では悪いことをしたと思っている。他人を苦しめると必ず自分も苦しむんだ。永久に忘れることができなくて永久に苦しむことになるんだよ。
だから悪いことをした人は、君と同じ上層界に行くことはできない。悪い人が集まる下層界に行くんだ」

悪い人が集まる下層界の、異様な世界を想像したミロちゃん
「それは私が原因だったらイヤだ、どうしたらいいの」と気持ちの変化を表した。
「そうでしょ、悪いことをした人は下層界で君と同じ苦しみを受けるという仕組みになっている。必ず後悔するんだ」

「アレどうして?急に気分が晴れて周りがキラキラ輝いてきたんだけど、お兄ちゃん」ミロちゃんが興奮した声で言った
「良かった、悪い人に同情して許す気持ちになったんだね。君が純粋無垢になった証拠だ。もう心配ない、上階界のユートピアで多くのお友達が待っているからね。
残念だけどゆっくりできないんだ、これでお別れするよ」
「ありがとうお兄ちゃん元気でね、さようなら」
「さようならミロちゃんも元気でねー」
水色の球体がシャボン玉のように、ゆっくりと上昇し小さくなって消えていった。

「はいオーケー。それにしてもケイ、私が説明するまでもない、この世界の仕組みに詳しいのね」
「ええまあ、ある僧侶の方に教わったり、少し勉強したことが役立ってよかった」

「気が済んだようね、現実世界に帰るんでしょう。最近帰りたくないという人が多くてね」
「僕は仕事が待っています。死後世界での様子を尋ねたい人がたくさんいるんです」
「分かったわ、でも帰還のほうが簡単ではないのよ。年齢が高いほど経験した内容が多くて潜在意識が複雑なのよ」
「潜在意識は変化しやすいから、なんとなく分かります」

「分かり易く説明すると、瞑想であなたの頭頂から幽体の群れが抜け出して、上に細く長く伸びて死後世界(霊界)に届いた。言い換えると、潜在意識の原子の群れが頭頂から霧のように立ち上り、現実世界と隣接している下層界と上層界の間にある霊界(死後世界)の入口に到達したの。細く長い原子の群れである幽体は、肉体と繋がったまま霊界の入口にコンタクトしている。
言い換えると、瞑想で潜在意識が清純な状態になったから幽体が離脱して霊界の入口にコンタクトできた。だから清純な状態の幽体(潜在意識)をケイの年齢まで、細く長く伸びた原子の群れの中を逆戻りし、良い事も悪いことも追体験しないと元のケイに戻れない。
年齢や体験の違いで、長さも曲がり方も違っていて複雑でなかなか現実世界に戻れない人がいるのよ。追体験を拒否すると、幽体(原子の群れ)が切り離されて帰還できなくなるわ」

「嫌な体験の再体験はつらいです、帰りたくなくなる気持ちがよく分かります」
「でも、同じ体験をしないと別人になってしまうでしょ。小さなことまで全部を追体験するわけではなく、人生を左右するような重要な事項だけの追体験だから安心して。嫌な体験や小さな出来事はスルーしていいから気分が良くなるわ」

嫌な体験が消失するなら素晴らしい、これは瞑想の最大効果だとケイは嬉しくなった。

「それでは用意しましょ。ルーベルお願いします」
「はい分かりました」と、ルーベルがまた腰の短剣を抜き空間を楕円形に切り抜いた。
そこに、音もなく銀色に発光する楕円形のドームが出現し微かに振動している。
ケイはすぐにUFOだと解り、あまりの美しさに体が震えた。

エルマが「さあ乗って」と言うが入り口が見えない。
ルーベルがドームの外壁を上から下に優しく撫で下した。
すると外壁がサッと上向きに開き四角い入り口が出現した。

「この操作でドームの周囲のどこからでも出入できます。コツは優しく撫でることです」とルーベルが大きな体に似合わない言い方をした。
「これは現実世界で言うUFOと同じだ乗り物ですが、現実世界で見るUFOは死後世界の上層界の方たちが遊覧船のように飛行を楽しんでいる。異星人が遺伝子組み換え生物をUFOに搭乗させて地球を観察させていることも事実です」ルーベルは乗り物の担当者である。

「これは意識や想像力を司る量子(quantum)で飛行(flight)する物体(object)だからQFOと言って」とエルマ。
「現実世界でUFOが見えるのは、人の純粋な潜在意識が集まると異星人の意識と共鳴して見える。あるいは、死に物狂いで何かに没頭すると否定的な普通意識が消失して異星人やUFOが見えることもある。つまり、異星人は原子の世界の住人で、死後世界(来世)と同じ原子の世界の住人ということ。だから上層界では異星人と盛んに交流しているわ」

QFOの中に入ると、前面の5mほどが透明になっていて、装置や計器が少しある。
ルーベルがスイッチを押すと、自動で横一列に席が移動し、左からエルマ、ケイ、ルーベルと操縦席につき自動で安全ベルトが締められた。車と違い、肩の後ろからかぶさってくる安全装置である。

ルーベルがケイに「前のT形操縦桿に手を置いてください」と言うと「出発進行」と頼もしいバリトンボイスで合図した。ケイは操縦桿に手を置いたが、操縦桿は押しも引きもしないのにフワッと浮き上がった。

「QFOって飛ぶための燃料は何ですか」これはどうしても聞いておきたいとケイは思った。
「しいて言えば意識や想像力を司る量子が燃料。あなたとルーベルの意識と想像力で飛行する。つまり、ケイとルーベルの意識を量子コンピューターが統合し判断して飛ぶの。ルーベルが機長あなたは副操縦士と言うことね」

想像力は潜在意識の原子及び素粒子(量子)をコントロールする力が備わっている。したがって、ケイとルーベルが意識や思考・予知など、想像したことをテレパシーでやり取りし、それをQFOの量子コンピューターが纏め判断して飛行させるのである。

QFOは数え切れない星が煌めく大空に向かって上昇した。
「星がたくさん見えるけど、実は星ではないの」
「星じゃないって、どういうことですか」
「あなたが幼少期から現在まで、観たり経験したことが全部、星のような塊になって見えている。その星の、特にあなたの人生を左右したことを追体験する。つまり、あなたの潜在意識の中を飛行しているのよ」

「少し上下に揺れます」とルーベル。
「風もないのにQFOが上下するのはどうしてですか」
「それは、あなたの幼少期や人生の辛い出来事が潜在意識に残留して、その時の意識の浮き沈みがQFOを揺れさせるの」

次々に覚えていない、知らない人の顔や新聞記事・映画・絵画の横を猛スピードですり抜け通り過ぎた。そして急にQFOが速度を落とし、灰色の星に引き寄せられた。
「アレッ何があったんですか」
「星になって見える、あなたの体験がQFOに反応したのよ、灰色の星だから良くない経験のようね。落ち着いて画面をよく見て」
操縦席の前に、ケイのお父さんとお母さんが大きな声で言い争いをしている場面が出現した。ケイは幼児の時の辛い出来事を思い出せなかった。
「ア~こんなことがあったんですね・・・」
ケイは何か分からない重いものを感じて悲しくなった。
「もういいです早く次に進んでください」
「ケイしっかりして、まだ始まったばかりよ」

次に、QFOが上下左右に大きく揺れながらスピードを上げて飛んだ。
「ひどく揺れるけど、何か悪いことをしたんじゃない?」
前方に黒い星が接近した。その星にケイの幼馴染、テルくんが出現したのだ。ケイが喧嘩した相手だった。
喧嘩の原因はケイが意地悪したのだ。凄く後悔していた。
「テルくんごめんなさい」ケイは声を震わせて謝った。
「そうそう、それでいいのよ」とエルマ。

今度はブラックホールに吸い込まれるように、QFOが回転しながら急下降し、大きな黄色の星に接近した。
「これは、中学生の時に足を痛め、手術したことの追体験だ」とケイがつぶやいた。足を石膏で囲いビッコをひく自分の姿が見えた。
この時の悔しさと苦しさは忘れることはできない。プロ野球選手になることが夢だったが、膝を痛めると運動能力が半減する。夢を諦めるしかなかった。
「追体験で辛い体験が浄化されて楽になるわ」
エルマが慰めてくれるがケイの気持ちは晴れなかった。

QFOが安定し水平飛行を始めた。
「次は何か良い事があったようね」
「これは多分、大学に入学できたからだと思います。大学時代が最も楽しかった。でも授業料をつくるアルバイトで忙しかったな~」
建設現場やガソリンスタンド・駐車場のガードマン・小荷物の配達などのアルバイト画像が、QFOの横を通り過ぎた。
「懐かしいですね」
「若い頃は希望に満ち溢れているからよ」

QFOが青色の星に静かに停止した。そこはケイの学んだ大学構内である。多くの学生達の姿が見えた。野球部やラグビー部が楽しそうに練習している。
あちこちから懐かしい女子の声が聞こえ、お名残り惜しいが校内を一周してお別れした。

今度は墜落するかのようにQFOが急降下を始めた。
「この急降下は、何かショックなことがあったでしょ」
「たぶん失恋です」
QFOが若い女性にニアミスして通り過ぎた。
「やっぱり、よくある話ね、気にしない気にしない」と素っ気なくエルマ言うので、ケイは拍子抜けしてガックリ。

QFOが上下左右に揺れ動き、また渦巻きに吸い込まれた。
「誰かの潜在意識と、ひどく絡み合っているようね。ルーベル操縦に気をつけて」
「OK、大丈夫です」
黒いトゲトゲの星に近づきケイは気づいた。
「カウンセリングや説得に反発する攻撃的な患者さんで、非常に複雑な生い立ちの患者さんでした」
QFOの画面には、ケイが攻撃的な患者さんにカウンセリングで困り果てている映像が映し出された。
「よく観察して、追体験は相手の気持ちが理解できたり、相手を愛おしく思えたり、尊敬できたりすることがあるから」「でも、すでに亡くなってしまいました。また霊界に訪ねてみたいと思います」
「そうね、だけどあまり気にしないことよ。また私とルーベルが担当するとは限らないのよ」
「予約できないんだったら仕方ないですね、残念です」

しばらく平穏に飛行を続けていたQFOの正面に、燃え盛る大きな星が現れ強い力で引き着けられた。
「あ~大地震ですね、高速道路が倒壊しています。僕はこの近くのアパートに住んでいたんですけど、2年前に引っ越ししていて助かりました」
「よかったわね~、家族は大丈夫だったの」
「はい、両親はずっと離れた地方に住んでいます。たくさんの人が亡くなり、知人も亡くなってショックでした」
エルマとルーベルとケイは立ち上がり、三人同時に頭を下げ両手を合わせこの星を離れた。

「左の方に茶色のガスに包まれた星が見えるけど、何かしら」と気味悪るそうにエルマが言った。
「コロナウイルスです、あまり近づかないほうがいいです」
「コロナウイルスね、これも厄介な事件だったようね。
このウイルスは肉体の細胞に侵入しないと生きられない。
だけど現実世界と霊界を自由に往き来できる。ウイルスも人間も原子、同じようなタンパク原子で構成されている。
だけどウイルスは単純な原子で ”できない“ という否定する機能がないし自分と他人を区別できない。だから簡単に変異して永久に生き続け無くならない。
人の霊魂は複雑な原子で、自己認識という機能を持っていて個性的に生きることができる。要するに、原子は消滅しないので霊界で生きている霊魂は永久に消滅しないのよ」
「現実世界と霊界を自由に往き来できるのはいいですね」
「人の霊魂も自由に往き来できるのよ、でも争いばかりの現実世界に行きたいと思う霊魂はいないのよ」
「争いの多い地球はどうなりますか」難しい問題だけど恐る恐るエルマに質問した。
「前に話したけど、量子コンピューター(人工知能)をできるだけ早く実用化して、素直に霊界と異星人に助けを求めることね」
このエルマの言葉を聞いたケイは、素直に助けをを求めること、素直な人間になることの大切さを説くことが使命だと思っていたので、思わず心の奥で微笑んでしまった。

「どうやら終点が近づいたようです」と言ってルーベルがQFOのスピードを落とした。
「じゃあ残念だけど、そろそろお別れね。別れの音楽を流しましょうか。私の好きな曲でいいかしら」
「どうぞ、どんな曲ですか?」
「私はやっぱりビートルズ、ビートルズのヘルプミーね、それとオブラディ オブラダ・レットイットビーも名曲だわ」
ケイと同じ好みの曲だ。すぐさまヘルプミーが聞こえてきた。「助けて」という曲で心がウキウキするから楽しい。
ビートルズも素直に生きることで、楽しい人生になると言っているのだろう。
「僕もビートルズの曲は大好きですが演歌も好きです。ルーベルさんはどんな曲がお好きですか」
「僕はね~音楽よりも、フーテンの寅さんの男はつらいよとか、釣りバカ日誌などのムービーが好きなんです」

しばらくビートルズの曲をきいていると、
「右下に立派な寺院が見えるわ」とエルマ。
「あれは僕が座禅と瞑想体験をした曹洞宗寺院です」

突然、強いプラズマの光に包まれ目がくらんだ。
「驚いたでしょ、これはケイの普通意識に寺院のことが強く残っている、だからケイの幽体が普通意識(顕在意識)にぶつかった衝撃よ」

これはケイの潜在意識の中で、座禅と瞑想を体験した曹洞宗寺院が強い波動を出していたのである。
「つまりケイの幽体が顕在(普通)意識と合流したの。合流してもまだ肉体に帰還したわけではないわ、ケイが幽体離脱した場所は何処なの」
「九州、福岡県にある宮地嶽神社です」
「ルーベル宮地嶽神社でケイを降ろしてあげて」
「了解しました」とルーベルが答えとると、ほんの数秒で神社の真上に到着しQFOはゆっくりと降下を始めた。
ところが、急に気持ち良くなりケイは眠ってしまったのだ。

ハッと眠りから気づくと、まだ暗い宮地嶽神社で瞑想しているそのままの姿勢だった。
幽体離脱した時点の状態に戻ったのだ。つまり、無事に霊界の入り口から帰還したのである。
上空が明るいので見上げるとQFOがゆっくり上昇している。ケイは、できるかどうか分からないが、想像力で「ありがとうございました」とエルマとルーベルにテレパシーを送った。すると「御機嫌よう、頑張ってねー」とエルマの金切り声がケイの脳裏に響いた。

宮地嶽神社の正面の水平線が白々と明るくなってきた。
エルマが言っていたように、間違いなく漠然たる不安が消えたことを実感しながら、ケイは清々しい気分で長い階段を降りて宮地嶽神社を後にした。(終)

#創作大賞2024 #漫画原作部門 #少年マンガ #少年マンガ
#少女マン #青年マンガ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?