つゆとの話し(10)
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つゆの最後の一日が始まった
11月16日。今日も良く晴れた日だった。朝、つゆが息をしているのを確認してほっとした。いつ来るか分からない終わりの時までなるべくつゆのそばにいたいと思った。
もう薬もエサをあたえることもあきらめた。つゆの嫌がることはせず穏やかに残りの生を過ごしてほしかった。
いつもと変りなく、みんな動き出す。次男は高校、妻は家事、僕は仕事。今日は長男は大学に行かなくていい日だった。お昼につゆと写真を撮ろうと約束した。
午前の仕事が終わり、帰宅する。妻が入れ違う形で職場へ。つゆはいつもの場所で少し苦しそうに息をしていた。
天気が良くて暖かい。長男との写真はウッドデッキで写すことになった。
写真をとったらつゆが小さな声でにゃーと鳴いた。どうして鳴いたのだろうか。もしかしたら長男に何か伝えたかったのかもしれない。
しばし日差しを楽しみしばらくして中へ戻る。穏やかな時間だった。
いつもの場所につゆを降ろし、少しブラッシングした。きれいになった背中の毛並みは元気な時と変わりないように感じる。
いつもは昼寝する時間だがこの日はつゆの横で寝転がり、昼休みが終わるまでつゆを撫で続けた。
僕は、ただただつゆが愛しくて仕方なかった。
つゆはうつらうつらしながら、ときどきはっとして目を開けた。名前を呼ぶと少しだけ反応を返してくれる。だんだんと終わりの時が近づいてくるのが感じられる。
長男と2人で見守る中、つゆが立ち上がり向きを変えた。それまでは壁のほうに向いていたので顔が見えなかったが顔が見える位置に来てくれた。
最後の力を振り絞るようだった。さみしかったのか、それとも何か伝えてくれたのだろうか。
僕はつゆと最後になる写真を撮った。この写真の1時間半後につゆが生涯を終える。
仕事の時間がせまる。つゆのお腹に顔をうずめる。つゆの匂いがした。心音がひどくゆっくりと打っている。今離れたら、もう会えないのだろうか?
終わりのその時にそばにいてやりたい思いで、後ろ髪を引かれた。
「つゆちゃん、行ってくるね。」
それでも僕はいつも通り声をかけながら頭を撫で、職場へ向かい妻と交代した。
ついにその時が
午後7時、職場の電話が鳴った。ナンバーディスプレイには自宅の番号。何の要件かは言うまでもない。胸がきゅっとし心臓がどきどきと打ち出す。
電話に出る。電話の向こうで妻が静かな声で言った。
「つゆちゃん、死にました。・・・今からお花買ってくるね。」
聞けば、17時半ごろだったようだ。妻に撫でられながらとても静かに逝ったそうだ。ひとりきりの時じゃなく、苦しむこともなく本当に良かったと思う。
この時はまだ悲しさはなかった。受け止められていなかったのだろうか。ブラッシングしておいてよかったな、などとぼんやりと考えた。
電話を切る。頭の中がはっきりとしてきた。気がつけば居ても立ってもいられなかった。
仕事が終わるまで待てなくて、合間を縫って急いで自宅に向かう。たった200mほどの距離だがどんどん涙があふれてきた。
頭と心がぐちゃぐちゃしたまま自宅につき玄関を開けリビングへ。
そこには動かなくなったつゆが寝かされていた。
妻は出かけていた。長男は2階の自室。僕はひとりきりのリビングで泣きながらつゆの頭をなぜた。何度も、つゆちゃんよく頑張ったね、と繰り返した。
次男がちょうど帰宅してきた。声を振り絞り伝える。
「つゆちゃん、死んじゃったよ。」
次男もそっと近づき、だまってつゆの上に手をのせていた。彼もまた泣いていたのかもしれない。
次男と入れ替わるように仕事へ戻る。仕事が終わるまでずーっと つゆのことが頭から離れなかった。どうやって残りの仕事をこなしたのかもあまり記憶がない。我慢できなくなるとトイレに行って泣いたことだけは覚えている。
つゆとの最後の夜
仕事を終わらせ自宅へと向かう。帰りたい気持ちと帰りたくない気持ちが混ざり合う。それでも足早に自宅へ向かう。
実はまだつゆが息をしているんじゃないかと考えながら玄関を開ける。
段ボール箱の中で寝かされたつゆがそこにいた。
お風呂の時に使っていたバスタオルをかけられ、お気に入りのおもちゃ、いつも食べていたエサと大好きなちゅーる、そしてきれいなお花が入れられていた。
妻に晩ごはんを食べるか聞かれた。食べられない、と答えた。妻も、私も、と言った。
PCの写真ホルダーを開く。つゆとの4年半がそこには残っていた。1枚1枚の写真を見ながら夜遅くまで妻とつゆの思い出を語り合った。
さすがに寝なければと思い、寝室へ。つゆをリビングでひとりぼっちにしたくないので寝室に連れて行った。
元気な時のつゆは2階の子供部屋で寝ていた。病気が進んで歩くのがおぼつかなくなってからはリビングの水飲み場の前でひとりぼっちで寝ていた。
僕と妻はリビングの隣の部屋でドアを開け目が届く位置で寝るようにした。
でも今日はやっと同じ部屋で寝れる。そっとつゆを寝室に運び、ベットの足もとへ置いて声をかける。
「つゆちゃん、おやすみ」
僕は、布団の上で丸くなった まつをゆっくりと撫でながら眠りについた。
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