つゆとの話し(4)
前回のお話し
いい子だね。
見出しの「いい子だね。」を見て猫好きの人は、ピンと来たかもしれない。NHKの番組「岩合光昭の世界ネコ歩き」の中で岩合さんが、猫に向かって必ずかける言葉だ。
僕も岩合さんのマネをして、つゆに「いい子だね。」とよく言っていた。
平成30年の夏ごろだったと思う。なんと、その岩合さんが近くの百貨店にやってくることになった。トークショーとサイン会を行うとのこと。
これは必ず行かねば!と思い当日、妻と百貨店へと出かけた。
まずはトークショーからだった。はじめて生で見た岩合さんは、テレビでいつも見ている優しい感じそのままだった。あの「いい子だね。」も生で聞けうれしかった。
続いてサイン会が始まった。本を購入した人が岩合さんに直接サインを書いてもらう方式だった。僕にとってはこちらが本命だ。
僕はこの時、野望があった。それは、岩合さんにつゆの写真を見てもらって「いい子だね。」と言ってもらうことだった。
よしんば言ってもらえなかったとしてもあの、岩合さんにつゆを見てもらえるのだ、それだけでも飼い主にとっては夢のようなことだろう。
本を購入して列に並んで待っていると、いよいよ僕たちの順番が来た。目の前に、あの岩合さんがいるのだ。
妻は本を差し出しサインを書いてもらった。
僕はつゆの1番きれいに撮れた写真を表示したiPhoneを出して、
「これ、うちの猫です。つゆっていいます。」
と言って岩合さんに見せた。
岩合さんは、僕のiPhoneに少し顔を近づけ、じっと見つめてから、「きれいな、いい猫だね〜。」と言ってくれた。いい子だね、はもらえなかったけどつゆはあの岩合さんに褒めてもらえたのだ。
僕は岩合さんに「ありがとうございます。」と言うと列を離れた。
僕は喜び勇んで家に帰り、「つゆ、岩合さんに褒められたよ。よかったね。いい子だね。」とおそらくつゆにとってはどうでもいい話を報告した。
そして、機嫌が良かった僕はつゆにちゅーる食べさせることにした。
つゆはぐるぐると喉を鳴らしながら久しぶりのちゅーるを一気に平らげた。
あっ、という間に食べきってしまったちゅーるが名残惜しかったのだろう、ゴミを捨てたゴミ箱の中を必死にさぐり出した。
あの岩合さんにきれいな子だと褒められたのに、その後ゴミ箱を漁っているつゆを見て、僕は少しおかしくて、少し残念な気分になった。
でも、僕は思う。
いつも家の中を和やかにしてくれていたつゆは本当に「いい子だね。」と。
つゆと過ごす昼休み
季節は進んで秋になった頃だろうか。僕は、昼休みをつゆと一緒に過ごすことが楽しみで仕方なかった。
理由は家でつゆが僕にしてくれる行動だ。いつのまにか始まってしばらくしたらすっかり習慣化していた。
僕は、午前の仕事を終えて帰ってきて、窓越しにつゆが見える瞬間がとても好きだった。
妻が用事で不在の時のみだが、ごはんが待ちきれないつゆが窓際で人間の帰りを待っているのだ。
つゆを見ると、「おっ、いる、いる」と思って顔がにやけてしまった。そして、外からつゆに話しかけ、家の中に入るのだ。
つゆにごはんを食べさせて、自分のお昼も済ませるとここからが楽しみにしている時間が始まる。それはつゆと一緒にする昼寝だ。
食後の一服でくつろいでいるつゆに「こっちにおいで」と声をかけてから寝室へ行きベットに寝転がる。しばらくすると、ゴソゴソとつゆがベットに上ってくる。
気がつかないふりをしていると、しばらくして、小さな声でにゃーと鳴いて、来たよ、と教えてくれる。
僕はこの声が聞きたくて、毎日気が付かないふりをしていた。本当にかわいい声だった。
そして、つゆを撫でながら一緒に昼寝する。
横で丸くなったり、脚と脚の間に入ってきたり、その時々で場所は変わるけど、必ずつゆは自分の体を僕の体にひっ付けてくれた。
そして、気持ちよさそうにごろごろと喉を鳴らすのだ。
僕は、たまらなくこの時間が好きだった。短い時間だったけど、身体の疲れが一気に吹き飛んだ。
時間が来て、僕が起きてもつゆはすやすやと眠り続ける。僕はつゆを起こさないようにそっと布団から出て仕事へむかうのだった。
新しい家族、まつをお迎えする
平成30年も残り僅かになった大晦日、我が家に新入り子猫がやってきた。とりあえずトライアルのような形で預かったのだが2日後にそのまま我が家にお迎えすることになった。
スコティッシュが入った雑種のオス猫で、名前は「まつ」にした。正月、松の内にやってきたからだ。
予想はしていたのだが、つゆとまつのファーストコンタクトは穏やかにはいかなかった。
19時頃、まつを生まれ先のお宅で受け取り我が家に帰ってきた。しばらく部屋の中にかごを置き、扉を閉めたまま少し慣らした。
もうそろそろかと思いそっと扉を開けた。まつはそろりそろりとかごから出てきた。
ちなみにつゆはこの時点ではまつに気が付いていないのか無関心なのか水飲み場の前でいつものように寝そべっていた。
まつはかごから出てつゆに気が付くと、ぼわっと全身の毛を逆立てた。初めて見るつゆはさぞ大きくて迫力があったに違いない。
つゆもまつに気が付き「なにごと?だれ?!」と言う感じで立ち上がって、緊張した面持ちでまつの前まで小走りで向かいそのまま固まった。
人間のお客さんには平気なのに子猫相手には緊張するのが少しおかしかった。
しばらくにらみ合いのような膠着状態が続いたが、僕がまつをかごに戻したのでいったん休止。
その後、何度か接触するものの、この日は打ち解けることはなかった。まあ仕方ないのだろう。
この日、まつが新しく家族になった。
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