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アーヘン 大聖堂と悪魔伝説
デュッセルドルフから電車で1時間半程の場所にある、アーヘン。
アーヘン Aachen
アーヘンという言葉は、ラテン語のアクアに関係しているのだそうだ。
フランス語では、エクス=ラ=シャペル Aix-la-Chapelleと呼ばれ、街中でこの表示をよく見かけた。
それにしても、『礼拝堂の泉』とは、何と美しい響きだろう。
アーヘンは、この言葉が示す通り、礼拝堂(大聖堂)と泉(温泉)の街だ。
ここアーヘンは、フランク王国のカール大帝が大変好んだ街として知られている。(Karl der Große)
786年に宮殿教会として建設が始められ、936年から約600年間に渡り、ここアーヘンで神聖ローマ皇帝の戴冠式が行われていた。
アーヘンは、この大聖堂抜きでは語れない。
大聖堂は、ユネスコ世界遺産第1号(1978年:第1回においては12か所が登録された)に指定された場所でもある。
内部は非常に絢爛豪華な、金の装飾だ。
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豪華な内部は、撮影許可が必須。
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ステンドグラスも素晴らしい。
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私がここを初めて訪れたのは、まだ学生の頃。
外国人学生のためのレクリエーションが毎月企画され、その一つにアーヘンへの日帰り旅行があった。
企画してくれた大学生が街を案内してくれるので、まだドイツを知らない私達にとっては、大変ありがたいものだった。
その際、大聖堂にも足を運んだのだが、この扉の前で、ガイド役の学生から面白い話を聞いた。
大聖堂を建設する事は、当時のアーヘン市民にとって大変な経済的犠牲が伴った。
あまりにも豪華な大聖堂のため、なんと資金不足になってしまったのだという。
その時に、市民が集まり会議が開かれ、悪魔に頼んでお金を補助してもらおうという結果になった。
悪魔はこの取引に応じ、その見返りとして、大聖堂が建設された後に初めて大聖堂に入った者の命をもらう、という条件を出したという。
市民はどうしても建設資金が欲しかったため、その条件をのんだ。
しかし、大聖堂完成後、誰もが自分の命を差し出すことを拒み、大聖堂に入らなかった。
市民は悪知恵を使い、なんと狼に洋服を着せて人間の格好をさせ、大聖堂に送り込んだ。
悪魔は待っていましたと言わんばかりに、すぐにその心臓を取り去った。
しかしすぐに、それが狼の心臓だと知り、怒り狂った悪魔は出ていく際に、大聖堂の扉を怒りに任せて思いっきり閉めた。
その際、自分の指まで挟んでしまい、指が千切れたという。
そして、扉には今も悪魔の指が残っている。。。
大聖堂の正面扉の右側下部には、激しく扉を閉めたのが原因なのか、確かにひびが入っている(たしかに、そう言われたら、そのようにも見える)。
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そして、取っ手になっているライオンの頭部内部を探ると、指のような『何か』に触れる事ができるのだ。
私達はその扉を前に、隠された宝物を見つけるかのように、代わるがわるその指を探した。
横にある穴から指を入れると、悪魔の指を見つけることができる
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大聖堂に入ったすぐ右手には、狼の像がある。
そして、その胸には、ぽっかりと穴が空いている。
人々のために犠牲になり、心臓を奪われた狼を弔うためなのだそうだ。
その狼に触れると幸せが訪れると言われており、その左足は、金色に変色しているほどだ。
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この話には続きがある。
後日、悪魔は大きな袋いっぱいに砂を詰めて、アーヘンを目指してやって来た。
その砂で、完成した大聖堂を埋めてしまおうという魂胆だ。
悪知恵を働かせた人間への仕返しだ。
しかし、その袋はあまりにも重く、悪魔もへとへとになるほどだった。
アーヘン近郊までやってきた悪魔は、村人にこう聞いた。
アーヘンまでは、あとどのくらいかね?
悪魔とその砂袋を見た村人は、悪魔が何か悪いことを企んでいると気付いた。
そして、
アーヘンはまだまだ先だ、徒歩ならばあと数日はかかるだろうね
と答えた。
悪魔は、ここから更に数日かけて砂を運ぶのはたまらないと音を上げ、砂袋を放り出して帰ってしまったという。
その砂の山が、アーヘンの北4キロほどの場所、Laurensberg。
小高い山になっている。
機転を利かせた村人がいなかったら、せっかく建設された大聖堂も、街も、砂に埋まっていただろう。
私は、こんな逸話、昔話が大好きだ。
悪魔って、昔は人間にお金を貸してくれるほど身近な存在だったの?
悪魔なら、空を飛んで砂袋を運べなかったのか?
結局のところ、悪魔を騙した人間が一番悪いんじゃないの?
悪魔はむしろ犠牲者だよね?
それよりも、心臓を取られた狼が可哀そうだよ。
私達学生は、口々にそんな冗談を言いながら、アーヘンの街の観光を続けた。
昔の人々が作り出した創作話。
創作だけでなく、悪魔の指をわざわざライオンの頭部内に隠したり、扉にひびを入れたり(偶然なのか故意なのかは分からないが)、芸が細かいなと感心する。
アーヘンは、大聖堂だけではない。
カール大帝は温泉を好んだので、アーヘンが好きだったとも言われている。
今もなお、源泉が湧き出る場所があり、日本の温泉街のように硫黄の臭いが立ち込めている。
市内には、立派な温水浴場もある。
こちらは、エリーゼの泉 (Elisenburunnen)
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また、アーヘナープリンテンという焼き菓子が有名だ。
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また、アーヘン工科大学も、その名を知らない人はいないほど、有名な大学の一つ。
Rheinisch-Westfälische Technische Hochschule Aachen
略して、RWTHと書かれることが多い。
私はどうしてもその建物だけでも見てみたくて、大学を訪れた。
1つの建物ではなく、街中に点在しているので、私が訪れたのはその一つだ。
その工科大学とも関りがあるのだが、アーヘン大学病院も有名だ。
欧州一の大きさを誇るこの病院は、悪魔が砂を置いてできたLaurensbergにある。
病院を外から見たのだが、度肝を抜かれてしまった。
まったく病院には見えないのだ。
まるで工場のようだ。
専門分野は36分野にも及び、研究所は25か所もあるそうだ。
ここで、最先端の医療研究が行われている。
もちろん、通常の病院としての役目も果たしている。
ベッド数は1400床で、年間5万人程の患者を受け入れているそうだ。
外来患者においては、その数が20万人にもなるという。
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そして、私達はアーヘンからほんの少しだけ足を延ばし、ドイツ、オランダ、ベルギーの三か国国境ポイントを訪れた。
以前、ドイツ、スイス、フランス国境を訪れた時は橋の上だったのだが、ここは山の上。
近くのタワーに登ると、とても見晴らしが良い。
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私は、もちろん国境を見にここを訪れた訳なのだが、国境という言葉が持つ少しばかりの冷たさに、いつも身震いしてしまう。
島国で育った私にとって、いつまで経っても国境は身近な存在にはならない。
タワーの上から見る通り、国境など、どこにもない。
そこには、豊かな緑と畑が広がっているだけだ。
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余談になるが、カール大帝は、字が書けなかったという。
それでも、カール大帝のサインというのは、色々な箇所で目にする。
彼は、真ん中の部分(四角い部分)だけを、絵を描くように書き入れ、周りの文字は従者が追記していたのだという。
長身であり、そして豊かな髭を蓄え、こちらを見下ろすような威圧感のある銅像。
このカール大帝が、子供が絵を描くようにサインをしていたのかと思うと、何だか可愛らしいとまで思えてくるから不思議だ。
しかし彼は、後に字を繰り返し練習し、更にはギリシア語も理解できるまでになった事は有名で、カール大帝は大変な努力家でもある。
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このサインは、街の至る所で見ることができる。
これは、KAROLUSを意味しているそうだ。
これは、カール大帝のラテン語読み、Karolus Magnusから来ているそうだ。
全てのアルファベットを見つけられるか、私達学生は謎解きゲームに挑戦するかのように、あぁでもない、こうでもないと、サインを前にしておしゃべりを楽しんだ。
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アーヘンはまた、競馬場があることでも有名だ。
街の中にも、馬のための専門店を多く見かけた。
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去年CHIO(国際馬術ショー)の開会式では、日本文化を紹介する演出があり、流鏑馬が披露されていた。
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街はこじんまりとして、温泉にも恵まれ、保養地としても利用される。
クリスマスマーケットも有名で、各地から観光客が押し寄せるのだという。
カール大帝がこの街を好きになったように、私もこの街が好きになった。
街は美しく、そして何度訪れても、あの楽しかった一日の思い出が鮮明に蘇る。
カール大帝はそんな心地良い街の中心地、絢爛豪華な大聖堂で、今も静かに眠っている。