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北ドイツ旅行⑤奇人の眠る街メルン

ドイツといえばグリム童話が有名である事は間違いないが、もう一つ、ある伝説の奇人の物語が語り継がれている。
その人物の名は、ティル・オイレンシュピーゲル。
いたずらや悪さをして、人々を翻弄したという彼のお話は、ドイツの至る街に残されている。
この本については、以前記事にしたので、ご興味のあるかたはこちらも。

この記事の通り、このお話がドイツのものである事を知ったのは数年前のこと。
その時から、いつかこのメルンの街を訪れたいと思っていた。
というのも、オイレンシュピーゲルは定住地を持たず、あちこちの街を転々としたが、メルンの街で亡くなり、今もこの街で眠っているからだ。

メルンの夏のイベントとして、オイレンシュピーゲルの野外劇が行われる事を知り、私はメルンの街へ向かった。

駅を降りると、オイレンシュピーゲルがお出迎え。

旧市街までは、駅から歩いて15分ほど。
市庁舎

市庁舎前広場
ここが野外劇の会場となるので、準備が進められていた。

オイレンシュピーゲルの噴水
広場の一角には、この街で最も有名な存在であるオイレンシュピーゲルの噴水がある。
ニヤリと笑ったその顔は、まるで何かを企んでいるかのよう。

オイレンシュピーゲル博物館
市庁舎の向かいに建つ博物館。

等身大の人形は、特徴的な帽子、赤と緑の衣装を再現している。
このシーンは、私が持っている本の表紙にもなっている。
その他に数々の本や資料、ビデオ上映等を楽しめる。

彼が訪れた街の地図

私が子供の頃に読んだ本の表紙は、この絵だったのでは?と思う一冊も。

博物館の中で、興味深い展示品を見つけた。
それは、日本語翻訳されたオイレンシュピーゲルの本。
これは、ここを訪れた日本人の方が、日本に戻ってから博物館に贈ったものだという。

オイレンシュピーゲルは、死の直前まで、彼らしさを貫いた。
病に倒れた彼は、病院のベットに人々を呼び寄せ、自分の財産を全て箱に入れたので、彼の死後は街や市民で分けて欲しいと言った。
そして、その箱は、彼の死後4週間経つまで開けないようにとも言い遺した。

病床のオイレンシュピーゲルの絵と大きな箱

大きく重い箱。
どんな宝物が入っているだろうかと、誰もが箱の中身を想像し噂した。
そして4週間後、人々の見守る中、箱が開けられる。
期待に胸を膨らませ箱の中を覗いてみると、入っていたのは、なんと石ころ。
みんなは落胆の表情を浮かべる。

と、これだけでも面白いが、このお話を正確に理解するためには、あるドイツ語がキーポイント。
ドイツ語でSteinreichという言葉があり「非常に豊かな状態」を表す。(石Stein 豊かなreich)
つまり彼は、本物の石を使い、人々に豊かな財産を遺すという(はた迷惑な)偉業を成し遂げたという訳だ。

このように、彼のイタズラというのは、慣用句や言い回しを、そのまま元の意味で捉える物が多い。
親方からの言い付けを守っているように見せかけて、故意に別のことをし、相手を怒らせる。

これが日本だったら、、、
親方に「もっと努力をして、腕を上げろ」と言われたら、彼は一日中ずっと腕を頭上に上げておくのではないだろうか?
親方はその姿を見て、何故さぼっているのかと聞く。
すると彼は「親方の言い付け通りに、努力して腕を上げていましたよ」と答え、親方はそれを聞きカンカンに怒る。
そんな妄想をしながら博物館を見て回るのは、なかなか楽しかった。

ニコライ教会

この教会の正面には、大きな菩提樹があり、この木の下に彼は埋葬されたと言われている。
以前の記事にも書いているが、彼は墓穴に入れられる際に棺桶が垂直に落ちてしまい、そのまま埋葬されてしまったという。
そのため、オイレンシュピーゲルここに眠る、ではなく、オイレンシュピーゲルここに立つ、なのだそうだ。

教会外部の壁には、彼を弔う石碑が建てられている。

街には至る所に、オイレンシュピーゲルのモチーフが。

街の北東にあるシュタット湖。
湖の反対側から見た街の様子。

こちらは街の北西にあるシュール湖
高台にも登ってみた

野外劇
いよいよ、野外劇の時間だ。
劇の開始前の案内によると、この野外劇は3年毎に開催されているが、2021年は残念ながらコロナのため開催されなかった。
今年は、全チケットの60%が、販売開始とほぼ同時に売り切れたそう。 

入場を待つ人々

お隣に座った方にお話を伺ったところ、メルンにお住まいで、毎回見に来られるそう。
会場は地元の方々の社交場となり、あちこちで挨拶やおしゃべりが繰り広げられている。

私は、この劇は子供向けだと思っていたので、子供さんがあまりいないのが不思議だと話すと、ジョークや皮肉、政治、時には下ネタなども含むので、むしろ大人向けだそう。
会場の450席のうち、子供さんを見かけたのはほんの数人だった。

インターネットで見つけた野外劇の案内は、この絵だけだったので、私は子供向けだとすっかり勘違いしていた。

頂いたパンフレットと共に。

公演中は写真撮影不可のため、写真は無し。
市庁舎は市庁舎として、広場は広場として舞台で使われる。
つまり、この広場がそのまま演劇のセットという、なんとも贅沢な使い方だ。
古い石畳や建物に加え、セットの効果もあり、中世にタイムスリップしたかのようだ。

劇はジョークが盛り沢山で、笑いが絶えない。
オイレンシュピーゲルは、妻と両親、子供二人と共に、旅の途中でメルンの街にやってきたという設定だ。
街ではお祭りを控えており、よそ者で珍妙なこの家族に早く街を出て行って欲しくて、市長はあれこれ手を打つ。
その間に、オイレンシュピーゲルの子供達は恋に落ちたり、友達ができる。

劇の休憩時間に、多くの人が教会へ向かうのを目にした。
興味津々で付いて行くと、彼が埋葬された菩提樹の木の下で、みなさんが飲み物を片手に歓談している。
こんな弔いの方法があるとは、感激してしまった。
彼はきっと、自分の劇を見て笑っている人々を、遠くから見守っていることだろう。

メルンという小さな街を自虐するネタも多く、地元の皆さんはそれを聞き、どっと笑う。
街にあるお店の名前や、地元民でないと分からない話題もあったが、それ故に地元民に愛されるネタとしては完璧だ。
恋はもちろん、ドタバタ劇、推理探偵要素、ライブ演奏、ソロやコーラスの歌も多く取り入れられ、息つく暇もない。
99ルフトバルーンや、ゴーストバスターズ、007、Greatest ShowやWellermannなど耳馴染みの良い曲が取り入れられており、会場が一体となって盛り上がる。

明るい時間から始まった劇は、終わりを迎える頃にはすっかり暗くなり、ライトアップされた舞台は、より一層華やかになる。

終わり良ければ全て良し。
疎まれていたオイレンシュピーゲルが、街のお祭りの成功に一役買い、お祭りは無事に終わりを迎える。
そして彼らはようやく、メルンの街に受け入れられた。

フィナーレを迎えると、会場はスタンディングオベーション。

こうして私は、旅の締めくくりに相応しい愉快な夜を、地元の皆さんの笑顔に囲まれて過ごした。

オイレンシュピーゲルは、彼の肉体が「眠る」メルンの街で、人々に愛されながら今もなお確実に地元の人々の心の中で「生きて」いる。
そして、幼い私の記憶に残り続けた彼は、もちろん私の中でも、しっかりと生きている。

この街で、眠りながら生きる。
それが伝説の奇人、ティル・オイレンシュピーゲルだ。

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