ブルーで、ご機嫌なお客さん
某有名天丼チェーン店でアルバイトをしている。駅からすぐのこの店には、会社帰りのサラリーマンのほか、主婦の方もテイクアウトで多く利用する。まるで召使いかのように私を扱う人もいれば、お茶をいれただけでものすごく感謝してくれる人もいる。
今日は、全身ブルーの丈の短いワンピースを着たおばさんが、店内のカウンター席でテイクアウトのお弁当が出来上がるのを待っていた。異常にマスクが汚かった。どういうわけか、不織布の白いマスクがもう本当に真っ黒で、しかもお店に入ってくる時にほとんど口が隠れていなかった。
「お客様、マスクの着用をお願いいたします」
というと、案外と素直にマスクを着けてくれた。カウンター席に座った途端、お新香が入った容器を開けて、お新香を手の平に取り、そのまま食べた。周りの空気が一瞬でピリついたのが分かった。私はやることがあって忙しかったので何も言わなかった。
少し変な音がしたので振り向くと、そのおばさんが「ごぼぼぼぼぼ」と、うがいをするように唾を鳴らしていた。また空気が凍る。
どうすることもできないので、そのまま見守る。テイクアウトやデリバリーが混みあっていたし、レジの業務もあったので、しばらくそのおばさんのことは気にしていなかった。
時間が経って、ふとカウンターを見ると、まだおばさんがいた。かなり混んでいて、お弁当が出来上がっていないようだった。
イライラする素振りもなく、背筋をピンと伸ばして、ずっと席に座っていた。
またしばらく経って、おばさんの引換券の番号が呼ばれると、「ありがとう」と言って、天丼を片手にご機嫌に帰っていった。
テイクアウトに時間がかかると、最初は親切だったお客さんが、まるで人が変わったような態度をとることがある。
にこやかにお店に入ってきた小柄なおばあさんが、「ほんとにイライラするわね」と言い放って出て行ったり、
事前の会計でおつりを渡したときには「ありがとう」と言ってくれた人が、テイクアウトの袋を奪い取るようにして帰っていったり、
もちろん提供は早いことに越したことはない。疲れたから今日は天丼でも買って帰るか、と思ってきたのに、長い時間待たされたらそりゃあ小言の一つでも言ってやりたいと思うだろう。
マスクが異常に汚くて、ブルーの布をまとった、変な音を出すおばさんは、最後までご機嫌に天丼を待っていた。
そのことが、今日は少しだけ嬉しかった。