【超短小説】年雄は断らない
年雄の仕事は清掃員だ。
ビルやマンションの廊下を清掃する。
ただ、現場に行くとそれ以外の事も管理人さんにお願いされる事もある。
「ついでに電球も変えといて」とか、「草むしりしといて」とか、「コンビニでこれ買ってきて」もあった。
年雄は断らない。
「いいですよ」と返す。
そんな年雄を見て、20歳のバイトのケイくんが言ってきた。
「年雄さんて、断れないタイプっすか?」
「なんで?」
「だって、仕事の範囲外の事も引き受けちゃうじゃないですか」
「いいじゃない。大した事じゃないんだし」
ケイくんは少し苦い顔をして続けた。
「年雄さんのそういうとこ、たまに気持ち悪いんすよねー」
「え?なんで?」
「なんか、みんなに好かれたがってる感じ?パシリみたいで」
年雄は少し考えた。
"そんな風に見えてるんだ"
そして返した。
「困ってるんだから、いいんじゃない?それに、好かれたい事は普通でしょ?」
「俺は嫌われても自分を通しますね。そんなに人に好かれたいと思わないです」
年雄は思った。
"だから俺はケイくんをそんなに好きじゃないんだ"
年雄は返した。
「せっかく生まれてきたんだから、人に好かれたいじゃない。それだけだよ。それに、俺は断れないんじゃなくて、断らないんだよ。」
ケイくんは答えた。
「・・・俺にはその感情、よくわかんねーっす」
浜本年雄40歳。
笑いながら、心の中で思う。
"早くケイくんが困って俺に頼み事してくれないかなぁ。断る所見せてあげるのに"