【超短小説】年雄とバブルバス

年雄は仕事終わりに、事務の林さんに呼び止められた。
「年雄くん、これあげる。娘に貰ったけど、私使わないから」
そう言って林さんは、年雄にオシャレな見た目のボトルを渡した。"バブルバス"と書いてある。

「浴槽にその液体を入れて、シャワーでバシャバシャやると泡になるみたい」
「え?そんな簡単に?」
年雄は驚きと共に、昔を思い出す。
小学生の低学年くらいだったか、親父が突然外付けのジャグジーみたいなのを買ってきた。
「ジェット噴射で泡だらけになるぞ」
と親父は自慢げだ。
その外付けのジャグジーみたいなのは、とても大きく、セットすると浴槽の半分がジャグジーで埋まる。
母親は「なんでこんな物を!」と激怒していたが、年雄と3つ上の兄は喜んだ。
ジャグジーをセットして、専用のジェルを入れると一瞬で浴槽は泡だらけになるからだ。
年雄は映画の世界に感じた。
年雄と兄は一緒にお風呂に入った。とは言え、浴槽には体育座りで一人入るのが精一杯なので、兄が先に入った。

ジェルを入れ、ジャグジーのスイッチを押す。
ブォーンと凄まじい音が鳴る。
浴槽は一気に泡だらけになった。
「凄い!凄い!」と年雄は喜んだ。
が、兄は違った。
「痛い!痛いよ!」と兄は慌てて浴槽から出た。
年雄は「どうしたの?」と聞いたが、兄は「いいから入ってみろ」とだけ言った。
年雄は体育座りで浴槽に入り、ジャグジーのスイッチを入れた。
ブオーンと凄まじい音が鳴る。
親父が自慢げに言ってた"ジェット噴射"が、丁度みぞおちあたりを殴りつける。
「痛い!痛い!」
年雄は慌てて浴槽を出た。
"狭すぎる"
年雄と兄は思ったが、口にしなかった。
なぜなら、リビングで両親が喧嘩している声が聞こえてきたからだ。
「なんで買ったの!」
「断れないだろ!」
「こんな高い物!」
「子供達は喜んでるだろ!」
その日、母親は飲めない酒を飲み、ソファーで寝ていた。
林さんから貰ったバブルバスのオシャレなボトルを見て、年雄は昔を思い出す。
「あの日の夫婦喧嘩は、なんだったのかなー」
浜本年雄40歳。
なんだかんだあるけど、いい時代なのかなー。

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