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ガザ戦争とハーバードと私②

前回の記事では、2023年10月7日の奇襲攻撃が、その後いかにハーバードに飛び火したのか、そして学長がいかにして辞任に追い込まれたのかを振り返った。

学長が辞任して一連の騒動は終息すると思った者もいたかもしれない。しかし、実際にはこの「戦争」はその後学生たちを巻き込んでより肥大化していくことになる。

今日はこの「学生 vs 大学」の戦争の様子と、一年を振り返っての私の思いを残しておきたい。


5. 「学生 vs 大学」という新たな戦争

1月に学長が辞任してから、ガザでの戦況は悪化の一途を辿っていた。3月にはガザでの死者が3万人を超えた。

BBC News Japan

3月17日にはネタニヤフ首相が、多くのガザ市民が避難している南部ラファへの攻撃を行う計画を発表した。

これらのイスラエルの横暴な振る舞いやそれを公然と批判しない大学に対して、アメリカの学生たちはデモを通じて抗議の意思を示し続けた。

泊まり込みデモ

その中で、一部の学生たちが新たなかたちの抗議デモを始めた。学内にテントを張り、泊まり込むことによって抗議する、というものである(encampmentと呼ぶ)。

これが最初に大きな事件に発展したのは、ハーバードではなく、ニューヨークにあるコロンビア大学だった。私のいるボストンからは電車や車で3時間程度の距離にある。

4月17日、コロンビア大学の学長が米議会の公聴会に出席した。

前回の記事で触れた、議員による学長の「吊るし上げ」は年が明けてもまだ続いていたのである。有名な大学で親パレスチナのデモが起きる度、米議会はそこの学長を招き、糾弾した。

なお、議会も理由なく糾弾をするわけではない。「ユダヤ系の学生がこれらのデモによって恐怖を感じているのに大学側は何もしていない」というのが糾弾の論拠である。そして一部のイスラエル人学生・ユダヤ系学生が恐怖を感じていたのも、それはそれで事実だろう。

何にせよ、コロンビアのシャフィク学長は公聴会で答弁することとなった。しかし、コロンビアの学長もこれまでのペンシルバニア大やハーバード大の「失敗」を見てきている。明確な答弁を避ければ、辞任に追い込まれることは明らかだった。

そこで、彼女はハーバードのゲイ学長に聞かれたのと同じ質問である「ユダヤ人虐殺の呼びかけは大学の行動規範に反するか」という質問に、今度は明確に"Yes, it does(反します)"と回答した。さらに、もはや議員に怯えているようにさえ見える様子で、「学生による無許可の抗議活動は取り締まりの対象になる」と議会で答弁した。

これに失望した学生たちは大きく反応した。泊まり込みテントの数は拡大し、デモ活動も激しさを増した。

そして、それを受けてついにシャフィク学長は、学生の運動を取り締まるため、ニューヨーク警察に出動を要請。100人以上が逮捕されるという異常な事態に発展してしまった。

ハーバード大学にも

そして、この衝撃的なコロンビア大学の事件に続いて、全米の大学で同様の泊まり込みデモが激化した。

ハーバードでは4月24日に泊まり込みが始まった。テントの機材を持った学生たちが一斉にキャンパスに入ってテントを組み立てる様子には、学生の必死さを感じた。

なお、ハーバードの泊まり込みは、コロンビアに比べて終始極めて平和的であった。これは、学生以外の人々が参加していないことに一つの原因がある。

コロンビアの場合、泊まり込みが起きた場所は一般に開放されており、言ってしまえばコロンビアとは関係のない一部の攻撃的なデモ参加者(アジテーターと呼ばれる)も参加していたという。(だからと言ってデモに正当性がなくなるわけではないが)

一方でハーバード大学は、デモを警戒して、普段開放しているメインキャンパス(ハーバードヤードという)には学生しか入れないようにしていた。そのため、キャンパス内の治安は一定程度保たれていたのである。

学生たちは何を求めたのか

さて、では学生たちは泊まり込みデモで何を訴えていたのだろうか。

ここには多くの誤解があるが、彼らの主たる主張は単なる反イスラエルやガザでの停戦ではなかった。もちろんそれを望む声も上がっていたが、正直アメリカの一大学が停戦を実現できるはずもない。

その代わりに、彼らが大学に求めたのが、イスラエルからの資金引き上げ(ダイベストメント要求)だった。

アメリカの大学では、資金を運用するために世界中に投資を行っている。日本では大規模な投資を行う大学は東京大学などの一部に限られるが、アメリカでは一般的に行われており、巨額の資金が動いている。

そして、その投資の中には、イスラエルでビジネスを行う企業、軍事産業のサプライチェーンに関わる企業も存在する。学生たちは、これは現在進行中のガザへの戦争への加担であると指摘。それらの企業に投資している大学にも責任があるため、資金を引き揚げよ。そう要求したのである。

Disclose, divestを呼び掛ける実際のデモ:

ちなみに、このダイベストメント要求の戦略は、以前環境問題に抗議するハーバードの学生運動(Fossil Fuel Divest Harvard)の中で使われたもので、一定の成功を収めた実績があった。

大学からの警告

5月に入り、大学の春学期が終わりに近づいても、テントによる泊まり込みは続いていた。

そして、この時期になって大学からはこれらのデモへの警告メールが届くようになった。

それは、「学生には表現の自由があるが、それは無制限ではない。大学の活動に支障をきたすようなデモは許されない。テントを撤収せよ。これ以上続ける場合は、強制的な停学処分を行う。」というものだった。

5月6日に届いたメール

強制停学と唐突な終焉

このメールが届いた4日後の5月10日、ついにハーバード大学はデモを率いていた20人の学生に強制停学の処分を下したこれにより、彼らはテストなどが受けられず、大学の寮にとどまることもできず、キャンパスから出ていかなくてはならなくなった。

夏休みに入る前の試験期間に下されたこの処分は極めて重かった。なぜなら、4年生にとってこの処分は、卒業できなくなることを意味するからだ。


そして、その決定から4日後、テントによる泊まり込みは唐突に終焉を迎えた。

大学側の強制停学を通じた圧力に、学生団体側が屈してしまったといって差し支えないだろう。

大学側と学生側で引き続きダイベストメント要求について協議を行うこと、そして学生の強制停学を早急に取り下げるプロセスを進めることなどが双方で合意されたが、学生側にしてみれば残念ながら何一つ実現することができなかったと言ってよい。

なぜ唐突に終わったのか。

もちろん、強制停学は学生にとって大きな痛手だっただろう。しかしそれと同時に、この時期はそもそも多くの学生が夏休みに入りボストンの外に出て行く時期でもあった。さらに5月で卒業してしまう生徒もいることを考えると、デモ部隊側もこれ以上活動を続けることは現実的でないと判断したに違いない。

卒業をめぐる波乱

かくして、大学側はデモを解散させることができ、学生は強制停学を免れるというシナリオが期待されたわけだが、最終的に大学側は残酷な手段を行使するに至った。

パレスチナの一連のデモを率いた13人の4年生の卒業を許可しなかったのである。

デモが終了する際の合意で、大学側は強制停学の停止を進めることは約束したものの、明確に全員を卒業させるとまでは明言していなかった。

それにしても、私はこの懲罰的な処分には失望を隠せなかった。他のハーバード生も同じだろう。(処分を受けた学生は留年ということになる)

結果的にこの13人が参加できなかった卒業式では、1,000人以上の学生や教職員が、この処分への抗議の意を示すため、式中に会場を退出した。これは日本でも大きなニュースになった。

会場を退出する学生たち

そして、これが学生による最後の抵抗だった。

この後味の悪い処分を最後に、ハーバードでの学生と大学との戦争は下火になることとなった。みな夏季休暇で大学から出ていき、ハーバードは静かなキャンパスに戻ったのだった。

6.「私」がこの一年で感じたこと

①戦争は戦争を生む

戦争は飛び火する。物理的な距離を大きく超えて、世界中に対立を生み出す。

ハマスの攻撃に始まるガザの戦争は、ニュースで報道されるよりももっともっと遠くまで広がっている。レバノン、シリア、イラン、イエメンだけではない。地球の裏側の大学にまでその火花を届けた。

そして、戦争は勝者と敗者を生む。明確な勝者が決まる前から、敗者は確実に生まれてしまう。ガザ地区の市民も、イスラエルの人質も、ハーバードの学生も、学長も、そして本来中立であるはずの大学機関そのものも、今回の戦争で負けてしまった。その反対側に立つ勝者の顔ぶれを思い浮かべるにつけ、やはり世の中は理不尽だと思わざるを得ない。

②遠のいていくガザ

物理的な距離は全く変わっていないはずなのに、この一年でガザが「遠のいていく」と感じることが多かった。

戦争が伝播していく中で、中東の現状に思いを馳せる時間が減り、学長の動向や議員の発言、学生のデモに関心を寄せている自分がいた。こんなにも戦争の現場を置き去りにして物事が進んでいってよいのだろうか、と思うこともあるにはあった。しかし、毎週自分の通う大学で何かが起きるというその「ニュース性」「新鮮さ」の裏で、どうしてもガザそのものへのマインドシェアが減っていくことを止められなかった。

戦争は戦争を生み、生まれた戦争は戦争を埋もれさせる。

③なぜここにいるのか

この一年は、大学に、寄付者に、アメリカに嫌気がさすことが多い一年だった。

しかし、それでも私は今もハーバードにいる。来年までの短い間だが、ここに学びに来ている。

なぜここにいるのか、何をしにきたのだろうか、そう思うことも多い。

ただ、その度に、思い出す言葉がある。入学の日にケネディスクールの学長が言っていた言葉である。今回の一連の戦争が起きるよりも前である。

1年前の記事で紹介した内容だが、その要旨を掻い摘んでここに再掲する。

問題を特定することそのものは難しくありません。特定した問題をSNSやメディアで批判することも容易いことです。しかし、私たちはそれらの問題を「解決する」という極めて難しい任務を負っています。

ここケネディスクールで問題の解決を目指す上で、大切にすべき態度4つをお伝えしたいと思います。

第一に、care(関心を寄せること)。身の回りの人々、自分と異なる人々、自分に反対する人々、そしてとりわけ私たちが享受した恩恵と機会を得ることができなかった多くの人々に思いを馳せてください。

第二に、listen(聞くこと)。人々が世の中をどう見ているのかを、できる限り理解するように努めてください。自分の意見を捨てる必要はありません。誰かの意見が聞くに絶えないこともあるかもしれませんが、それでもまずは寛容に、好奇心を忘れずに、人々の言葉に熱心に耳を傾けて下さい。

第三に、learn(学ぶこと)。良い考えを持つことと、実際に変化を生み出すことは違います。問題解決をリードするには、どうすれば現状を変えられるのかを学ばなければいけません。私はこれまで、正しい危機意識を持っているにも関わらず変革を起こせなかった「リーダー」たちを数多く見てきました。彼/彼女らに足りなかったのは十分な学びでした。自分の強みをどう認識し、自分の弱みをどう補えばいいのか、それがわからなかったのです。皆さんにはここケネディスクールの時間を最大限生かして、広く深く学んで欲しいと思います。

そして最後に、hope(希望を持つこと)。学べば学ぶほど、問題の解決は途方もなく難しいと感じることがあるでしょう。そしてそれは間違っていません。問題を解決するのは難しいことなのです。だからこそ私は、「楽観的になれ」と言うつもりはありません。「楽観的であること」と「希望を持つこと」は違います。希望を持つことは、何もかもきっとうまくいくと思い込むことではありません。一人一人の人間が問題の解決に向けてプラスの変化を起こせるということを、信じ抜くことなのです。世の中では今日も、たくさんの前進が起きています。それは偶然や幸運によるものではありません。良い政策と良いリーダー(Good public policy and good public leadership)が、コミュニティを超えて、国を超えて、我々の共有するこの世界を前に押し進めているということの現れなのです。

だからこそ、希望を持って下さい。あなたには問題解決に貢献できる力があります。戦争ではなく平和を、欠乏ではなく繁栄を、抑圧ではなく自由を、不正ではなく公正を、退廃ではなく持続を、この世界にもたらすことができるのです。

問題の大きさに怖気づかずに、プラスの変化を人々と社会にもたらしましょう。あなたを今ここで、世界に変革をもたらそうとする何千人ものコミュニティの一員に迎えたいと思います。ようこそ。

これを読むたび、care, listen, learn, hope どれをとっても、まだまだ自分にはやれることがあると思う。

そしてだからこそ、私は大学に足を運び続けたいと思う。

長文を読んでくださりありがとうございました。

ではまた。

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